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「何をいうかッ、はじめから殺すつもりでッ!」

「そう、そうです。その通りです。ですがね、わたしは彼に、人生で最大の幸福を与えたのですよ。死ぬ前の土産としてね」

「バカな! 予定された死に幸福などあるものか」

「これは心外ですね。わたしは王子のように愚かではありませんよ。彼に対して、『不安を煽り、おどしてやらせよう』とは、一切しませんでしたよ」

「そんなはずがあるものか!」

「わたしはね、彼を十分に『認めて』あげただけですよ。『日頃の働きを見込んで、特別な仕事を頼みたい。これは君にしか頼めない』とね。

 そう言われたことが、どれだけ彼の自信になり、励みになったことか。それはもう、涙を流さんばかりの大よろこびだった。今も目に浮かびますよ、その時の様子がね。考えてもみなさい。牢屋番程度の卑しい人間が一国の宰相にねぎらわれ、特別な報酬を約束されるという名誉にあずかる。そんなことがこの世にあり得ますかな?」

「なんと傲慢なッ、おまえは神にでもなったつもりか!」

「これはこれは、ご存知なかったか? 権力の頂点を目指すとはね、そういうことなのですよ。

 そうです、神ならば許されましょうとも。それがたとえ、王族殺しであろうとも、ね」

 ド・フェランは声を出さず、不敵に笑みを浮かべた。

「話がそれましたかな。彼は牢屋番では一生会えぬはずの、高貴な者に認められたのですよ。このわたしというね。そして言いつけられた仕事は、これまた極秘中の極秘。かつて王子だった男の監視です。

 これを意気に感じるのが、あの男の性分だったのですよ。『この俺が選ばれた、特別なんだ』とね。

 その証拠に、どれだけあなたが男を見下げて無視しようとも、懸命に自分の仕事に忠実であり続けたでしょう?」

「僕は見下げてなど——」

「——ではあの男の名をご存知ですかな?」

「……名前、だと……」

 答えることができなかった。

 彼がしきりに話かけてくるのをいいことに、こちらから彼を呼んだことはない。

 そうだ、僕は男の名前さえ知らない。

 その事実が意味することは、明らか。

 僕は彼のことを、なにひとつとして知ろうとしなかったのだ。

 失意のドン底だったから?

 いや、そんなことは言い訳にはならない。

「自分に明らかな拒否を向ける者の世話をするとは、相当にしんどいことです。なんなら王子、試しに私の世話をしてみますかな? ハッハッハッハッ!

 そのように嫌な顔をしなくてもよいではありませんか。もちろん冗談ですよ、冗談。

 これでおわかりでしょう。せっかく男がつかんだ最高の幸せを奪ったのは……、王子、あなただ。

 あなたは彼に、『疑いの心』を吹き込んだ。彼のことをろくに知ろうともせず、自分が助かりたいという一心で彼をそそのかし、揺らしたのです。

 器のかたち、大きさといった性質を考えず、一方的にそれを注ぎ込めばどうなるか、考えたことがありますかな? いや失礼、考えなかったからのこのザマでしたな」

 どうして反論できようか。

 彼の暮らしを想像することが一度でもあったか?

 家族は? 故郷は? 夢はどうだ?

「わたしが彼に与えたのは、束の間の幸せでしょう。それ自体を否定はしませんよ。しかし、しかしです。わたしは彼という器を理解しました。彼のこれまでの働きを認め、宰相からの信頼という最高の評価を注いであげたのです。彼が幸せになれる、彼の求めるものをね。それは彼の自信となり、充実となった」

「そんなのは上辺だけの、偽物……」

「そうですな、偽物だ。だがフィン王子よ。あなたは『偽物とはいえ、彼の幸福を壊した』のではありませんかな?

 あなたが器を理解せずに注ぎ込んだ、あわれみや不安、恐怖……

 それは彼を壊してしまった。悲しいことに、彼には受け止めきれなかったのです。器に入れるべきでないものを無理矢理にも入れ込めば、それはもう割れても仕方ありませんな」

「僕はただ、ただ、彼の運命を変えられる可能性を……」

 宰相は「ええ、ええ、わかりますとも」と何度もうなずいたあと「ですが言い訳ですな」と声を低くして言い放った。

「彼がどうなるかについて、あなたが働きかけた結果の可能性……、これについては、三つあった。

 ひとつはフィン王子を逃そうとする。あなたの望み通りにね。

 ひとつはフィン王子を逃がさない。職務に忠実。ま、わたしの望み通りですな。

 そしてもうひとつ……」

「三つめなど——」

「——あるのですよ。事実そうなった。三つめの答えは、『動けなくなる』です。自分を認めてくれた、わたし。認めず否定し、それではダメだと不安をあおり続けた王子……

 わたしと王子の間でどちらにも決められず、動けなくなってしまった。それは彼の平静を奪い、誰の目にも明らかなおかしい様子と写りました。彼という器は小さすぎてあふれて、あるいは壊れて染み出し、注がれた中身……、秘密、不安、恐怖……、そうしたことを、彼ひとりで抱えきれなくなったのですよ」

——僕は僕のために、宰相とおなじように犠牲をつくりだした。それでいてなんの結果もつかめなかった……——

「フィン王子よ。あなたは伸るか反るかの大勝負にでたつもりでしょうな。しかし実際のところ、自分で自分の賭ける馬を潰しただけだ。

 ププッ、自分で自分の道具を壊すなど……、ククッ、よくもそんなバカな……、ギャハハッ」

 バカ笑いが暗い地下で反響する。

 耳をふさいでも、その響きは頭に突き刺さる。

 無限に続くような苦痛だった。

「最高のエンターテイメントでしたよ。この宰相めがフィン王子に挫折を提供し、その成長に貢献できたかと思うと……

 いやいや、なんとも感無量ですな。フォウラ姫を失い、親衛隊長を失い、すべてを自分でやらざるを得なくなった。立派な初陣でした。

 もっとも、結果は立ち直れんほどの敗北のようですがね」

 口元を押さえ「笑いすぎて腹が痛いわ」と言いながら、オーギュスト・ド・フェランは僕に背を向けた。

 肩や袖をはたき「ここはカビ臭くてたまらん」と吐き捨てる。

「そろそろわたしも、神に等しい者として地上に戻らねばなりません。おふざけの時間は終わりですな。

 もうひとつ、あなたに成長するための苦難を与えましょう。もっとも、その後に待つのは永遠の眠りですから、活かすことはできませんがね」


 そうして僕は、処刑を宣告された。

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