6
「いまさらじゃねぇか。最後まで言え、教えてくれ!」
「ただ真面目に働くあなたや、罪のない人々に死んでほしくないのです。
自分のために犠牲が出るなど、国を治める側であった僕には耐えられないことだ」
「ど、どうすればいいんだ?」
「殺してください、僕を。そうすれば僕は苦しまずに済む」
「この馬鹿野郎がッ! おまえが楽になったあと、俺はどうなるってんだ!」
「待ってくださいよ、期待しすぎです。僕は囚われだ。囚われの身の子供に、いったい何かができるんですか?」
「けど、けどよォ。くそッ、何かないのか、方法は」
男はいらついて、そわそわし始めた。
「……この国では難しいでしょうね」
「この国、だと? じゃあ」
「もし、もしも……
あなたや僕が生きる未来があるなら、それは母方の祖国かもしれません。
いや、でもそれは夢物語ですね。忘れてください」
「俺は、俺はどうなる?」
「もしもあなたが……、いや、これは簡単じゃない。簡単じゃないけれど、もしもあなたの協力があるなら、あるいは…… もし生き残れたならば、あなたは困難を成し遂げた英雄として名を残す。それは間違いないでしょう」
「俺が、吟遊詩人が歌うような英雄に、だと? いや、まさか」
「男なら、失敗、敗北、絶体絶命の危機……、女なら、意地悪な継母や嫉妬……
そうしたものを乗り越えたからこそ、語り継がれるのではありませんか? 僕は無実なのに、処刑されようとしている。あなたは真面目に仕事をしているだけなのに、大きな秘密の陰謀に巻き込まれて命を危険にさらしている。これは簡単な状況じゃない。けれど……」
「簡単じゃない、困難な状況…… ひっくりがえって、それがチャンスだということか?」
僕は力強くうなずく。
「いま、僕はなにもできない。すべてはあなた次第だ。
僕の話にはなんの約束もない。でも、あなたが決断すればあなたが選んだ未来へ一歩近づく。それは間違いない」
「ダメだ……
俺には、そんな度胸も、学も、強さもない。ここから逃げるなんて難しい。無理に決まってる! 俺には、俺にはきっと、牢屋番がてっぺんなんだ」
思わず心の中で舌打ちをしてしまう。
——なにもしなければ死ぬしかない。それがなぜわからない!
ダメだ焦るな。表情を変えてはいけない。落ち着け、落ち着くんだフィン! あきらめるな——
僕は焦りの表情を読み取られまいと、顔を伏したままで心にも無いことを告げた。
「……わかりました。残念ながら、僕の運命は変わらないんですね。仕方ないです。
この先どうなっても自分を責めないでください。こんな大それたこと、誰もができるような簡単なことではありませんから」
うつむいて話しながら準備をととのえて、「では、僕は先に死後の世界で待っていますよ」と柔らかく微笑みかけた。
「おまえ、そんな冷たいことを言うなよ。どうにかできないのか? もっといい知恵はないのか?」
「僕は先に土に還る運命です。仕方ないでしょう」
「この野郎ッ! 俺はそんなくだならいことを聞きたいんじゃ——」
「——どうにかはッ! ……できるでしょう。ただし、ひとつだけ確実なことがあります」
僕は鉄格子をつかむ男の手に、そっと自分の手を添えた。
「すべては、あなただ。あなただけにしかできない。
この鉄格子の中では僕にできることなどないんです。僕だって、死ぬのが怖いんだ」
僕はふたたび微笑みかける。
おかしな感覚がする。
妙な高揚感が僕の体を包んでいるのだ。
この暗い地下牢の中で、二人しかいない空間で、僕はいま、支配者だった。
必ず牢屋番は僕を逃す。行動するはずだ。
そう確信できた。
けれど……
その王国は唐突に終わりを告げることになる。
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