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「いまさらじゃねぇか。最後まで言え、教えてくれ!」

「ただ真面目に働くあなたや、罪のない人々に死んでほしくないのです。

 自分のために犠牲が出るなど、国を治める側であった僕には耐えられないことだ」

「ど、どうすればいいんだ?」

「殺してください、僕を。そうすれば僕は苦しまずに済む」

「この馬鹿野郎がッ! おまえが楽になったあと、俺はどうなるってんだ!」

「待ってくださいよ、期待しすぎです。僕は囚われだ。囚われの身の子供に、いったい何かができるんですか?」

「けど、けどよォ。くそッ、何かないのか、方法は」

 男はいらついて、そわそわし始めた。

「……この国では難しいでしょうね」

「この国、だと? じゃあ」

「もし、もしも……

 あなたや僕が生きる未来があるなら、それは母方の祖国かもしれません。

 いや、でもそれは夢物語ですね。忘れてください」

「俺は、俺はどうなる?」

「もしもあなたが……、いや、これは簡単じゃない。簡単じゃないけれど、もしもあなたの協力があるなら、あるいは…… もし生き残れたならば、あなたは困難を成し遂げた英雄として名を残す。それは間違いないでしょう」

「俺が、吟遊詩人が歌うような英雄に、だと? いや、まさか」

「男なら、失敗、敗北、絶体絶命の危機……、女なら、意地悪な継母や嫉妬……

 そうしたものを乗り越えたからこそ、語り継がれるのではありませんか? 僕は無実なのに、処刑されようとしている。あなたは真面目に仕事をしているだけなのに、大きな秘密の陰謀に巻き込まれて命を危険にさらしている。これは簡単な状況じゃない。けれど……」

「簡単じゃない、困難な状況…… ひっくりがえって、それがチャンスだということか?」

 僕は力強くうなずく。

「いま、僕はなにもできない。すべてはあなた次第だ。

 僕の話にはなんの約束もない。でも、あなたが決断すればあなたが選んだ未来へ一歩近づく。それは間違いない」

「ダメだ……

 俺には、そんな度胸も、学も、強さもない。ここから逃げるなんて難しい。無理に決まってる! 俺には、俺にはきっと、牢屋番がてっぺんなんだ」

 思わず心の中で舌打ちをしてしまう。

——なにもしなければ死ぬしかない。それがなぜわからない!

 ダメだ焦るな。表情を変えてはいけない。落ち着け、落ち着くんだフィン! あきらめるな——

 僕は焦りの表情を読み取られまいと、顔を伏したままで心にも無いことを告げた。

「……わかりました。残念ながら、僕の運命は変わらないんですね。仕方ないです。

 この先どうなっても自分を責めないでください。こんな大それたこと、誰もができるような簡単なことではありませんから」

 うつむいて話しながら準備をととのえて、「では、僕は先に死後の世界で待っていますよ」と柔らかく微笑みかけた。

「おまえ、そんな冷たいことを言うなよ。どうにかできないのか? もっといい知恵はないのか?」

「僕は先に土に還る運命です。仕方ないでしょう」

「この野郎ッ! 俺はそんなくだならいことを聞きたいんじゃ——」

「——どうにかはッ! ……できるでしょう。ただし、ひとつだけ確実なことがあります」

 僕は鉄格子をつかむ男の手に、そっと自分の手を添えた。

「すべては、あなただ。あなただけにしかできない。

 この鉄格子の中では僕にできることなどないんです。僕だって、死ぬのが怖いんだ」

 僕はふたたび微笑みかける。

 おかしな感覚がする。

 妙な高揚感が僕の体を包んでいるのだ。

 この暗い地下牢の中で、二人しかいない空間で、僕はいま、支配者だった。

 必ず牢屋番は僕を逃す。行動するはずだ。

 そう確信できた。




 けれど……

 その王国は唐突に終わりを告げることになる。

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