5

「全員処刑されたそうだ」

——きた! きたぞ!——

 心の中で叫びをあげる。

 やはり、牢屋番は不安になって調べたのだろう。

 僕の期待に応えたんだ。

 ニヤつきを下を向くことで隠し、僕は言った。

「処刑? そうですか、とうとう僕の番ですか」

「……とぼけるなよ。そうじゃない。近衛隊だ。隊長の一族は、あんたがここに来て数日後だ。女子供に至るまで、すべてて殺されたらしい。死体ごと屋敷に火をつけて処分したと、一部で噂になったそうだ」

「……」

『抵抗する者は片っ端から斬り捨ててよい。どうせ処刑するのだ、手間が省ける。よいかッ、赤子のひとりさえ、逃してはならんぞ!』

 ド・フェランはそう言っていた。

——やはり、本当にやったのか……——

 当時の失意が一気によみがえり、涙がこみ上げてくる。

 自分の配下に、背後から刃を向けられたダバン。

 なにが起こったのか、理解する時間さえなかっただろう……

 同じように彼の一族もまた、何もわからぬままに虐殺されたのだろう。

 奥歯を噛み締め、嗚咽が漏れそうになるのを必死にこらえた。

 いまほど地下牢の暗さに感謝したことはない。

 顔を伏せてしまえば、目じりに浮かぶ涙に気づかれはしない。


「なんで黙ってんだよ! おまえが調べろって、だからッ」

「調べろとは——」

「——言ったも同然だ!」

「……」

 真実は違っても、ダバンは反逆者扱いなのだ。

 ならば根絶やしにされることもあるだろう。

 だがこの牢屋番に僕がつぶやき続けて植え付けた不安と、情け容赦のない権力者のやり口。

 その両方が相まって、彼を大きな不安に悩ませているのだ。

「……どうしてこんな地下の独房へ遠ざけて、あなたひとりだけしか見張をりつけないんですかね?

 普通なら交代制で家に帰れるようにするはずでしょう。あなたがここから出たのは即位式の日だけ。違いますか?

 それはね、帰らせたくないんですよ。誰とも会わせないためだ。会わなければ、うっかり秘密を喋る恐れもありませんからね。それに、秘密を知る者は少ないほうが後片付けが楽です。口止めされていますよね」

 男はいちいち僕の話にうなずく。

「……あなたは宰相の腹心でしたか?」

「違う」

「では、宰相の血縁者で?」

「いや」

「では、これまでに特別な信頼関係は——」

「——ないッ!

 でも俺は誰にも話していない! これからだって絶対に話さない。高い報酬を約束されてるんだ、そんなのは承知の——」

「——それです。それですよ。なぜ高い報酬を約束しなければならないんですか。本当に仕事ぶりを信頼されているなら、金で忠誠を買う必要がありますかね。

 あなたは真面目に務める男だ。見ていればわかります。

 だってそうでしょう、あの扉の外でほかの牢屋番と話をしていようが賭け事に興じていようが、どうせ僕は逃げられないんだ。それなのにしっかりと見張っている。

 あなたを金で買うような真似が、本当に必要だったんですかね。疑問だな」

 男は一転して押し黙る。

 うまくいっている証拠だ。

「王子が入れ替わりの偽物である……、それは秘密が大きすぎると思いませんか?

 すべてが終わったあと……、たしか永い休暇が約束されていましたよね」

 男がゴクリと唾を飲む音が聞こえてきた気がする。

「そんなバカなこと、あるかよ。本当にそうなのか? なぁ、どうなんだ?」

「ダバンは、近衛隊長は曲がった事が許せない男でした。だからこそ王の信頼を得、親衛隊長の地位にまで就いたのです。

 おそらく宰相には、計画に協力しろなどと誘われもしなかったでしょう。そんな間違った話を飲む男ではない。話せばその場で即、計画失敗だ。

 ダバンは、親衛隊長は、ただ忠実に、真面目に働いただけです。それなのにその家族には反逆者だと偽りを伝えられ、連座させられた。ちょうどいい見せしめとしてね」

 牢屋番は鉄格子を強くつかみ、額をこすりつけている。

 それほどに不安になってきているのだろう。

 牢屋番は関係者ではない。

 もはや、重大な秘密を知る当事者だった。

 それも身分に不相応な秘密。


 地下牢に閉じ込められたままの僕には、計画も、準備も、切り札もない。

 使える手札は、この牢屋番だけだ。

——泥水をかぶってでも、生きてやる。どうせこのままでは、哀れな運命が待つのは僕も牢屋番もおなじだ。だったらなんとかこの男を誘導して、ここを出てみせる!——

「畜生! どうすりゃ……」

「宰相に……、聞いてみては?」

「バカ言うな! そんな失礼なことを聞いたら本当に処刑されちまうッ」

「王の代替わりなんて、歴史でみればたいしたことはありません。たいしたことはありませんが、偽物の王に入れ替わったってのは、国がひっくり返るような一大事。場合によっては、他国が攻めてくるかもしれませんね」

「戦争になるってのか?」

「僕の亡き母は、ルミオーロからこの国に嫁いできました。ルミオーロにその気があれば口実にはなりますよ。そうなれば戦乱となり多くの罪のない人々が死ぬことになってしまいます。僕は……」

 口をつぐみ、続きをあえて話さない。

「なんだ、どうしたんだ?」

「いえ、これを言ってもいいものか……」

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