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 それからの僕は変わった。


 必ず出された食べ物に手を出すことにした。

 パンくずのかけらさえ残さない。

 たとえそれが固く、古く、カビ臭かろうとも。

 先日の牢屋番との会話によって、わかったことがある。

 自分の命が宰相の成長の糧になることなど、絶対に受け入れられない。

 フォウラ姉さん。

 ダバンとその家族の命。

 それはド・フェランの野心のためにあるのではない。

 むしろ、むしろそれは……

 僕こそが、僕のために喰らうべきものである、と。


 いまだ生きている僕は、命ある限り宰相への復讐を目指すべきだ。

 それが果たされようと、たとえ無駄に終わろうとも……

 いま生きているわずかな瞬間でさえ、それを目指し続けなければならない。

『オーギュスト・ド・フェランを討つ』

 それだけが、姉さんへの手向けであり、義務なのだ。

 僕がどれだけ後悔しようとも、意味は無い。

 どれだけ豪華な花で墓標を飾ったとしても、意味は無い。

 そもそも墓も用意できず、別れの見送りさえできていない僕ではあるが……

 必ず、その首をとる。

 そのために、僕こそが成長してやる。


 だから、食らった。

 だから、動いた。

 だから、そそのかしてやる。

 

 目的もなく死を待つことをやめ、はじめにしたことは食べることだ。

 少しでも体力をつける必要がある。

 それから運動をすることにした。

 この牢に入って以来、うなだれて横になり、たまに起きては部屋の隅で膝を抱えたままだった僕だ、急に激しい動きはできない。

 まず二本の足で歩く、そこからだった。

 急に牢屋の中でグルグルと歩き出した僕を見て、牢屋番は気味悪がった。

 僕はさらに、過去を取り戻すための方法として、しゃべりながら歩いた。

 いつか王となるべく教え込まれた古典に歴史や知識、あるいは思い出や興味深かった話など、覚えているものならなんでもいい。

 ひとりでしゃべりながら、とにかく牢の中を歩き回った。

 立つことに慣れ、歩くことに慣れ、それから腕立て、腹筋、背筋と進めていった。

 そして牢屋番が食事の世話や監視に来るたび、話しかけてやる。

 ときににっこりと、ときにボソッと、ときにじっと闇に光る目を見て……

「死ぬ覚悟はできましたか? どうですかね、詳しい説明を聞きたくなりましたか?

 自分の運命に衝撃を受けてしまうようなことだから、心の準備ができるまでは、聞いてはいけないことですがね」

「しばらく会っていない人がいたら、無理に休みをとってでも会っておいたほうがいい。心残りの無いようにね」

「いいですか、休暇はともかく報酬は先払いに変更してもらうべきだ。そうすれば大事な人への遺産になりますから」

 何度も、何度も、言葉を変えて言い続ける。

 ここにはふたりしかいない。

 僕と牢屋番だけしかいない。

 さらに牢屋番は式典の日以外で長期間牢を空けることはなく、ずっと同じ空間にいる。

 彼が僕のことを気味が悪いと思っても、逃げる事はできない。

 真面目な男なのだ。

 なにせ『特別に選ばれた』と思い、かつての王族を罪人として監視するという、とても大きな秘密をかかえて仕事をしている。

 努力が報われ、成長できると信じているのだ、哀れにも。


「いい加減にしろッ!」

 ある日、牢屋番は声を荒らげた。

「そんなことをしても俺はなんにも変わらねぇ。ずっとこの仕事を続けて、やっと認められたんだ。期待は裏切らないのがこの俺様だ」

 期待どおりの牢屋番の反応。

 それは日々吹き込まれる僕の言葉に、参ってきている証拠にほかならない。

 それとは反対に、あれだけ弱っていた僕の身体はだいぶ動けるようになってきた。

 ここではすべきことがない。

 だからすることを決めてしまえば、あとはそれしかない。

 動けば動くほど身体は元通りに近づき、時間が有り余る分、いつしかそれは事件前を超えてきた。

 ロクなものを食べていないから、がたいが大きくなることはない。

 だが腕や脚は固く締まってきていた。

——そろそろ頃合いだな——

「忠実に役目を果たすあなたに、報いてくれる素晴らしい宰相ならばいいですね」

「当たり前だ」

「だったらいずれ消えゆく、狂った者の言うことなど耳に入れなければ——」

「——黙れ!」

「……わかりました。ではもう頼まれたとて何も言いません。

 そういえば近衛隊の隊長……、ダバンの家族はどうしているかな? それだけが僕の心残りなんですよ」

 それから僕は、牢屋番へと語りかけて不安をあおることは止めた。

 ついにキレたという事実は、それだけ『男が不安になっている』ということにほかならない。

 笑って聞き流せるようなことなら、わざわざ怒る奴などいはしない。

 やはり、真面目な男なのだ。

——仕掛けられることはやった。あとは待つのみ——

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