4
それからの僕は変わった。
必ず出された食べ物に手を出すことにした。
パンくずのかけらさえ残さない。
たとえそれが固く、古く、カビ臭かろうとも。
先日の牢屋番との会話によって、わかったことがある。
自分の命が宰相の成長の糧になることなど、絶対に受け入れられない。
フォウラ姉さん。
ダバンとその家族の命。
それはド・フェランの野心のためにあるのではない。
むしろ、むしろそれは……
僕こそが、僕のために喰らうべきものである、と。
いまだ生きている僕は、命ある限り宰相への復讐を目指すべきだ。
それが果たされようと、たとえ無駄に終わろうとも……
いま生きているわずかな瞬間でさえ、それを目指し続けなければならない。
『オーギュスト・ド・フェランを討つ』
それだけが、姉さんへの手向けであり、義務なのだ。
僕がどれだけ後悔しようとも、意味は無い。
どれだけ豪華な花で墓標を飾ったとしても、意味は無い。
そもそも墓も用意できず、別れの見送りさえできていない僕ではあるが……
必ず、その首をとる。
そのために、僕こそが成長してやる。
だから、食らった。
だから、動いた。
だから、そそのかしてやる。
目的もなく死を待つことをやめ、はじめにしたことは食べることだ。
少しでも体力をつける必要がある。
それから運動をすることにした。
この牢に入って以来、うなだれて横になり、たまに起きては部屋の隅で膝を抱えたままだった僕だ、急に激しい動きはできない。
まず二本の足で歩く、そこからだった。
急に牢屋の中でグルグルと歩き出した僕を見て、牢屋番は気味悪がった。
僕はさらに、過去を取り戻すための方法として、しゃべりながら歩いた。
いつか王となるべく教え込まれた古典に歴史や知識、あるいは思い出や興味深かった話など、覚えているものならなんでもいい。
ひとりでしゃべりながら、とにかく牢の中を歩き回った。
立つことに慣れ、歩くことに慣れ、それから腕立て、腹筋、背筋と進めていった。
そして牢屋番が食事の世話や監視に来るたび、話しかけてやる。
ときににっこりと、ときにボソッと、ときにじっと闇に光る目を見て……
「死ぬ覚悟はできましたか? どうですかね、詳しい説明を聞きたくなりましたか?
自分の運命に衝撃を受けてしまうようなことだから、心の準備ができるまでは、聞いてはいけないことですがね」
「しばらく会っていない人がいたら、無理に休みをとってでも会っておいたほうがいい。心残りの無いようにね」
「いいですか、休暇はともかく報酬は先払いに変更してもらうべきだ。そうすれば大事な人への遺産になりますから」
何度も、何度も、言葉を変えて言い続ける。
ここにはふたりしかいない。
僕と牢屋番だけしかいない。
さらに牢屋番は式典の日以外で長期間牢を空けることはなく、ずっと同じ空間にいる。
彼が僕のことを気味が悪いと思っても、逃げる事はできない。
真面目な男なのだ。
なにせ『特別に選ばれた』と思い、かつての王族を罪人として監視するという、とても大きな秘密をかかえて仕事をしている。
努力が報われ、成長できると信じているのだ、哀れにも。
「いい加減にしろッ!」
ある日、牢屋番は声を荒らげた。
「そんなことをしても俺はなんにも変わらねぇ。ずっとこの仕事を続けて、やっと認められたんだ。期待は裏切らないのがこの俺様だ」
期待どおりの牢屋番の反応。
それは日々吹き込まれる僕の言葉に、参ってきている証拠にほかならない。
それとは反対に、あれだけ弱っていた僕の身体はだいぶ動けるようになってきた。
ここではすべきことがない。
だからすることを決めてしまえば、あとはそれしかない。
動けば動くほど身体は元通りに近づき、時間が有り余る分、いつしかそれは事件前を超えてきた。
ロクなものを食べていないから、がたいが大きくなることはない。
だが腕や脚は固く締まってきていた。
——そろそろ頃合いだな——
「忠実に役目を果たすあなたに、報いてくれる素晴らしい宰相ならばいいですね」
「当たり前だ」
「だったらいずれ消えゆく、狂った者の言うことなど耳に入れなければ——」
「——黙れ!」
「……わかりました。ではもう頼まれたとて何も言いません。
そういえば近衛隊の隊長……、ダバンの家族はどうしているかな? それだけが僕の心残りなんですよ」
それから僕は、牢屋番へと語りかけて不安をあおることは止めた。
ついにキレたという事実は、それだけ『男が不安になっている』ということにほかならない。
笑って聞き流せるようなことなら、わざわざ怒る奴などいはしない。
やはり、真面目な男なのだ。
——仕掛けられることはやった。あとは待つのみ——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます