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宰相とは、たいそう立派な男らしい。
『必ず大きく成長すると約束されている』
忘れられない名ゼリフになりそうだった。
おまけに、迷うこともあり、傷つくこともあるそうだ。
いや、迷ゼリフというべきか。
こらえきれずクツクツと笑いがこみ上げた。
迷いや傷つきとは、いったいなんの冗談だろうか?
自分自身が迷い、傷つくなら、好きにすればいい。
思う存分に、勝手にしてくれればいい。
だが、宰相の成長のための迷いや傷つきとは、フォウラ姉さんが死ぬことなのか?
ダバンやその一族の命を根絶やしにすることなのか?
僕や父が苦しめられることなのか?
かつて、城内で聞いた陰口を思い出す。
『オーギュスト・ド・フェランは嫁の財産で出世した』
『カネのために奥方と子供を、いわれのない言いがかりで追い出して再婚した』
笑わせる。
迷ったのは、嫁選びか?
傷つけたのは、嫁や家族なのか?
それとも、嫁の実家の財産なのか?
宰相自身は血を流さず、家族さえも道具でしかない。
多くの人を不幸に叩き落とすことが、あの男の成長の糧。
やはり、笑いが止まらない。
それは怒りなのか?
それは屈辱なのか?
それは憎しみなのか?
「おいおい、ついにイカれちまったか?」
「イカれた、だって? あなたが悪いのさ。あまりに可哀想でね」
口を開けたまま、牢屋番は意味がわからないというようにポカンとしている。
しばらくして、どういう意味だと怒り出した。
「いったい俺の話のどこに、俺が可哀想な話があった!」
「話してもわかりませんよ、あなたには」
「なにッ! 調子に乗るなよ、いうことを聞かなかったと鞭打ってもいいんだぞ!」
いちいち教えなくてもいいことだと思ったのだ。
そもそも目の前の男の未来を語っても、なにひとつ明るく楽しい未来などない。
あるのは宰相ド・フェランの犠牲になる将来のみ。
けれど、本人に説明を求められては僕も収まらない。
僕の悪意はもう止まらなかった。
「わからないのかい? だから可哀想なんだ。クックックッ」
牢屋番の男は、自分が座っていた椅子を投げつけてきた。
地下牢に轟音が鳴り、暗い穴倉に反響する。
投げつけられた椅子は、鉄格子にさえぎられて直接僕には届かなかったが、破片の一部が僕の頬を切った。
流れた血を拭って口に含むと、血の味で唾液が出た。
乾いたパンのおかげで乾ききった口が、潤されたような気になる。
「……教えて欲しいかい?」
「ここまでけしかけといてふざけんな! 説明しろいッ!」
「本当にいいんですね。僕は確認しましたよ。あとで後悔しないことだ。
わかりました、言いましょう。あなたは遠からず死ぬことになる。宰相の手によってね
あの宰相(ブタ)は真実を語っている、間違いなくね。成長には、迷いや傷つくことがある、と。
あの男の持つ野心が大きく育って花を咲かせるには、傷が、痛みが、血が必要なんだ。水や肥料のようにね。だけどそれは決して彼が傷つくことなんかじゃない。
つまりこいういうことですよ。彼のためにあなたが殺されて、血を流す。そういう意味なんだ」
牢屋番は、なにか面白い冗談を聞かされたかのように、からからと笑った。
「聞き間違いかな。まさか、そんなのあり得ないだろ。ちゃんと努力すれば、力を身につければ、それで出世できるってそういう意味の話だ。それがいったいどうしてそうなる?」
今度は僕が笑う番だった。
「出世? 出世できると本当に思っているのか?
いやいやまさか。あなたのその努力は無駄なんですよ。わかりませんか? 宰相のための犠牲としてあなたが死ぬということだと言っているのです」
「わからねぇ。やっぱりお前はおかしい。
こういうところに閉じ込められるとな、おかしくなる奴ってのは、いるんだよ。狂いはじめたおかしい奴の話なんかッ、俺は聞けないね」
「だからはじめに言いましたよ、わからない話だとね。説明しろと言われたから説明しただけのことです。ま、詳しく聞きたくなればいつでも教えますよ」
声に出してみて、間違いなく彼はそうなるだろうと確信できた。
宰相ド・フェランの野心とは、姉やダバンの一族といった失われた命の上に成り立っている。
それも僕にわかるのがそれだけであって、実際にはもっと多くの命が失われているに違いない。
情け深い父とは真逆の存在なのだ。
即位式典を終えた今、彼には怖いものなどないだろう。
ましてや牢屋番の命など、気にも留めないはずだろうから。
——そうだ、必ず彼は処分される。ならば……
それを利用する手もあるのか?——
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