4
我慢の限界を超え、僕は飛び出した。
部屋中の視線が一瞬にして僕へと集まる。
僕は剣を抜き放って真横に振り払い、叫ぶ。
「ダナーン王の子、フィンはここにある! 逃げも隠れも——」
「——王子! ご無事で! 助けに参りましたぞ」
「ダバン!」
僕が名乗り上げるそのとき、なんと救いの手が現れた!
最も信頼の厚い男、近衛隊の隊長が部屋に飛び込んで来たのだ。
あっという間に、宰相の部下が末期の悲鳴と共に倒れる。
そこには剣を振り下ろしたままの、精悍な男がいた。
「助かった! ダバン! 早くこいつらを!」
「ご安心を! すぐに排除いたします。
よし。反逆者は切り捨ててもかまわん。が、可能なら生きて捕らえよ! ほかにも裏切り者がいるやもしれんからな、知っていることを吐かせたい。
おまえら! 王子の前で手柄を立てれば、恩賞を得るまたとないチャンスぞ!」
僕はフッと息を吐いた。
やっと危機を逃れられたのだ。
近衛隊は精鋭の中の精鋭しか参加できない強者揃い。
望んだからとて、誰でも加入できるような甘いものではない。
強さ、家柄、そしてなによりも、人格が厳しく試される。
ド・フェランに従う部下が何人いようとも、近衛隊の手にかかれば物の数ではない。
——嫌だったけど、隠れているのが正解だったんだな。さすが姉さんだ。これで助かった。
父さんは、王は無事だろうか?
いや、それよりもまず姉さんだ。きれいな白い肌に傷跡が残ってしまわないだろうか? まずは姉さんの治療を……——
僕がフォウラ姉さんに駆け寄ろうとした、そのときだった。
「グボッ」
いやな声がして、そちらへと向く。
すると、唐突にダバンが血を吐いた!
なにが起こっているのか、状況がまったく理解できない。
そのままダバンは膝を突くと、そのまま前のめりに崩れていく。
床に突っ伏したその背には、三本もの剣が突き刺さっていた。
「情に厚いだけの王のもとには、本当に無能が集まりますなぁ。とうの昔にこの者どもは、このわたくしめの配下よ」
ダバンに続いて入ってきた近衛隊は、あろうことか自分達の隊長を、卑怯にも背後から刺し殺したのだ。
「そんな、ダバン……」
ダバンが崩れるとともに、僕の希望はへし折られた。
力なくその場に膝をついてしまう。
危機を脱したと一息ついたあとだけに、これは余計にこたえた。
——終わった……——
「王子を確保せよ!」
宰相の号令が響くが、どこか遠くの出来事のように聞こえた。
もはや逃げる気も、立ち上がって反抗する力もない。
ダバンとおなじように刺し殺される自分の未来が容易に想像できた。
——もはやこれまで……——
「あきらめてはいけません!」
いつの間にか、僕の前に姉さんが立っていた。
その手には、ダバンが落とした剣が握られている。
姉さんはド・フェランへと切っ尖を向けた。
しかし、構えたその剣はぶるぶると揺れていた。
剣という野蛮で重い物など、フォウラ姉さんは振り回したことはないはずだ。
それでも剣を取り、抗おうという姉さんの誇り高き姿に、僕も報いたかった。
二人でここを切り抜けられたなら……
けれど、多勢に無勢。
剣を扱えぬ娘と、十二歳の僕に、いったいどれだけのことができようか。
——せめていまは、これまでかばってくれた愛するフォウラ姉さんだけでも……——
「もういいよ、姉さん。こいつの狙いは僕だ。僕がいけば、姉さんの命はきっと助かる。
ド・フェラン、僕は投降しよう。だから姉さんの命を——」
「お黙りなさいッ!」
凛とした声が響くと、誰もが動きを止めた。
室内の者全てがみじろぎひとつせず、まるで呼吸までもが止まったような気さえしてくる。
「フィン、そのような言葉、絶対に言ってはいけません! 誇り高き我らダナーンの一族はッ——」
姉さんが僕を叱りつける言葉が、ふいに途切れた。
「エッ、ねえ…さん?」
「少々おいたが過ぎましたな。長過ぎる茶番は退屈そのものですよ。この宰相めの妾にでもなるならば、情けをかけて生かしておいてやるものを……
まさかまさか、この私に剣を向けるなどとッ」
姉さんは剣を落とし、くず折れた。
あわてて駆け寄って支えようとしたものの受けきれず、もつれるようにふたりとも倒れてしまう。
「姉さん? ねぇ……さん? フォウラ姉さんッ!」
姉さんをゆすり、必死で声をかける。
どんなときも一番の味方であった姉さんなのに、僕はまだなにもしてあげられていない。
「姉さん! 姉さん! ああ、姉さん!」
「フフッ、まるで宰相めがここから居なくなってしまったかのようですな。美しき姉と弟、か。
ですがここはふたりだけの場ではありませんぞ」
床に尻もちをついたまま、姉さんの上半身を強く抱いた。
動けない僕を見下ろす男は、怪しく瞳を揺らめかせている。
そして、不気味に笑いながら言った。
「さてさて、やっと邪魔がいなくなった。これでようやく話ができますな、フィン王子。
では早速、あなたの罪を教えてあげましょう」
ド・フェランは腰を折り、のぞき込むように顔を近づけてくる。
それを睨み返すのが僕の精一杯。
「あなたが生きていること、それが罪なのです」
「僕が、生きていることがだと?」
「あなたの双子の弟が、これより新しきフィンとなり代わるのですからな」
——殺される!——
逃げなければ、姉さんの死が無駄になる。
そう思った、そう思いはした。
けれど、身体は動いてくれない。
優しくて、ときにうっとおしいほどに構ってくれた姉さん。
かばってくれた姉さんのためにも、なんとか逃げなければ。
そう思いなおして、今更ながら必死にもがく。
——そうだ、いまからでも机の下へ行かなければッ——
手を突き、立ちあがろうとした。
「アッ」
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