3
——来るなって、いったいどうすれば……——
「偽物では無いのですよ、姫。新しく王になる男はね……
チッ、いまいましい金髪だ!」
おもむろに姉さんの髪束をつかむと、宰相ド・フェランはあろうことか、姉さんの美しく輝く金色の髪を切断してしまった。
さらに、切った髪束を掲げて宙に放り投げる。
それは羽毛のように、ハラハラと舞った。
ダッと飛び出してしまいたかったが、姉の言葉を、視線を思い出し、必死でこらえる。
腰に差した剣が怒りに震える。
カタカタと音を立てぬよう、力を込めてそれをおさえつけた。
それでも床が毛足の長いじゅうたんでなければ、剣先が床を叩く音ですぐに見つかってしまったにちがいないだろう。
「この宰相めのもとにはねぇ、十二年も暮らしていたのですよ。赤子の時から双子の弟であるがゆえに存在を消された、なんとも不憫な子羊が。情に厚いダナーン三世の娘であれば、それはそれは同情を禁じ得ないような話でしょう、いかがですかな?」
「フン、そのような戯れ言、いったい誰が信じるものですか。なんのつもりか知りませんが、わたしは騙されません!」
「そうですか、フム。ま、信じずとも良いのですよ」
宰相は姉さんの白い胸元へと手をやり、首から下げられたネックレスを指で転がして遊ぶ。
あれは僕が姉さんに似合うようにと、去年の誕生日に選んだものだった。
柔らかく微笑んで喜び、僕のセンスを褒めてくれた。
そんな思い出の首飾りだ。
しかし、ド・フェランはそれを不意に引きちぎった。
結ぶ糸は引き千切れ、赤いじゅうたんの上に色石がパラパラと散らばった。
「たとえあなたが信じなくても、我が手に事実はある。それで十分でしょう」
宰相はひざまずき、青く輝く貴石をひとつ拾い上げた。
「この石とて、フォウラ姫が身につけてさえいれば、本物に間違いない。誰ひとりとして疑いもしませんよ。たとえそれが、本当はただのガラス玉であったとしても、です。
たしかに新王は双子とはいえ、あなたの愛してやまぬ弟君とまったく同じではないでしょう。
けれども、見た目はほぼおなじ。それでいて、おなじ服をまとい、おなじ肩書きがあれば……、どうでしょうな? 見分けがつくものが果たしていますかな?」
「……ガラス玉なら……、落とせば…割れもしましょう。ですが本物であるなら……」
「これはこれは、さすがの返しですな。本物であればこのような苦難も跳ね除けるということですか。
フム、では、こうしてみたらどうでしょう?」
——いったい何をする気だ?——
その時、信じられないことが起こった。
サッと光が走る!
一瞬のことで、しばらく何が起きたかわからなかった。
気づけば、姉さんの白い頬から赤い血が流れている。
それは首をつたい、青いドレスに黒いシミをつくった。
——まさか、斬ったのか! 姉さんの美しい顔を! オーギュスト・ド・フェランめッ、許さない!——
「ガラス玉を叩き割るが如くに、王族を傷つけて試す……
これほどの不敬な行い、そうそうにできることではありませんぞ」
ナイフについた血を、ド・フェランはみずからの舌で舐めとった。
「おっと、これはうっかりしておりました。
『この宰相、オーギュスト・ド・フェランめをおいて、ほかにおりましょうか?』
こちらのほうが、より正確ですかな」
ド・フェランは得意げに笑い出した。
さらに破れたドレスの裾へと、膝を押し込もうとしているではないか。
この場からはド・フェランがかぶってよく見えないが、胸元へ手を伸ばそうとまでしている。
——もう我慢ならないッ!——
「そこまでだ!」
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