第2話


 「佳惟、気をつけていってらっしゃいね」

 細い身体から出てくる声だけどしっかりしたひいおばあちゃんの声


 「佳惟、忘れ物はないの?」

 階段を降りながら出勤準備万端の体(てい)でお母さんの声が追いかけてきた。

 「ないよ!うるさいなあ、もう!」

 私が顔をしかめて、くるりと後ろを振り向くと、お母さんは、困ったような顔で、

 「ほんとに、あんた、最近素直じゃないのよね。うるさいなあって余計でしょ?」

 と腕組みをしながら応えた。

 お母さんは、町の社会福祉協議会でデイサービスの介護支援員をしている。ケアマネジャーというらしい。

 この間まで「介護福祉士」の経験を生かして、「介護職リーダー」と呼ばれていたけれど、年始から「施設管理者兼主任介護支援員」という肩書きに変わって、帰りが夜になることが多くなった。


 「お父さんは?」

 「今日はね、新造船の出船があるから、早く行くのですって。

 たぶん、昼過ぎには、振る舞い酒でこてこてに酔っ払って、誰かに送ってもらって帰ってくるのじゃないかな。

 毎度毎度申し訳ないわね。

 今日は、午後から気温が下がるらしいからいつもの「腹踊り」なんかやめてくれるといいけど」

 お母さんの言い方は、「希望的観測」というより、むしろ「諦め」に近い。だって、うちのお父さんの酒癖ときたら、ほんとにほんとにもう仕方が無い。


 お父さんは、造船所で働いている技術職。

 「造船所」と言ってももともとお父さんは、一級建築士だから家を建てる仕事の時には、図面作成をして大工の棟梁さんたちとお仕事をしている。

 普段は、「造船所」を経営しているお父さんのお兄さん、つまり私にとっては伯父さんの事務所で、兄弟一緒にに働いているのだ。

 共働き世帯だけど自宅には、さっき話したように、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんまでいるから寂しいと思ったことはなかった(と思う)


「お母さんも、今日は、早く帰れるから。

 施設の内部監査もようやく終わったし、月末月初のあの忙しさが終わってくれたと思っただけでも神様に感謝したい気分よ。

 やっとみんなで一緒にご飯食べることができるから、佳惟も今日は早く帰ってきてね。すき焼きにしようか?」


 「すき焼き?賛成!」

 

 私が返事をする前に、慶太兄ちゃんが返事をした。

 階段から転げ落ちるように慶太兄ちゃんがばたばたと音を立てて降りてきて、玄関から魔法のようにスニーカーを履いたかと思うと、 ガレージに停めていた自転車にひらりと飛び乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る