第36話 放課後
放課後の学園の図書室で、二人の男が並んで座っていた。
「そうだ。先ほどと同じような意図だ。したがって……」
「うむ、なるほど。火属性魔法因数分解というのを当てはめるわけか!」
「……ああ」
「よーし、ならばもはや僕の敵ではない! 小テストの問1よ、今こそ屈辱を晴らしてくれよう!」
放課後に約束通りシィーリアスに勉強を教えることになったセブンライト。
最初は流れに逆らえずに嫌々ながらではあったものの、昼休みの一件で考えを改め、セブンライトも積極的にシィーリアスに勉強を教えていた。
今やっているのは、昨日の小テストの解説と公式や用語の指導。
両者やる気があるだけに指導に熱が入り、それだけでなく……
(公式を覚えるのにイチイチ説明が必要だけど……こいつ、知識がないだけで理解は早い……頭は普通にいいのかもな……)
シィーリアスは小テストが0点だったが、それは単純に知識が無かっただけであり、別に頭が悪いわけではなかった。
そのことはフォルトも見抜いていたこともあり、まだ初日ではあるが、このまま勉強も続けていけば、きっと実になるだろうとセブンライトも感じた。
「解けたぞ、セブン!」
「ああ……ああ……うん、途中式も合っている……ああ、正解だ」
「ふはははは、やったぞ! ついに小テストにリベンジできたぞ!」
「いや……それは気が早い。まだ一問目の基礎問題だから……問題数はまだまだあり、さらに先に進むにつれて難しくなる」
「ぬっ……徐々に強敵が出てくるわけか……望むところだ!」
まだ一問目。基礎の基礎。というよりも、むしろ魔法学園に入学できる生徒で解けないものなど居ないと言えるほどのサービス問題でもあった。
しかしそれでも全く何も知らなかったシィーリアスが、ちゃんと自ら問題を解くことができた。
教えたことをすぐできるようになったシィーリアスに、セブンライトは普通に関心していた。
本来、シィーリアスほどの力があれば、人に頭を下げることもなく、望みはそれこそ力ずくで何でもできるのではないかとセブンライトは感じた。
こうして人に頭を下げてまで、できないことをちゃんと学ぼうとする姿勢は心に来るものがあった。
一方で……
「お前……すごいんだな」
「え? なんで? これは基礎なのだろう? つまり、倒せて当たり前の敵!」
「いや、そうじゃなくて……あんなに強くなったのも……やっぱすごい努力したからなのか? それとも、戦闘は最初から強かったのか?」
だからこそ、気になった。
できないことを恥をかいてでも頭を下げて学ぶシィーリアスは、戦闘に関してはどうやって強くなったのかと。
すると……
「弱かったさ。だからこそ、僕は常にこう思っている。『僕は今この地で一番弱い人間だ。僕が弱ければ大切な人たちにもすごい迷惑をかけてしまう』……そう思って強くなろうと思った」
「一番……弱い?」
常に自分が弱いと考え、既に十分すぎるほどの力があっても真っすぐな目でそう答えるシィーリアスにますますセブンライトは感心した。
「とにかく、君には勉強を教えてもらっている恩もある! そんな僕の蹴り技でよければいくらでも教えよう!」
「ああ……頼む。僕もこの学園で一番弱い……そういう考えで頑張るよ。僕の場合は、実際にそうかもしれないしな」
一つだけセブンライトが勘違いしているのは、シィーリアスの言葉は全て真実であり、実際にシィーリアスはパーティーの中で一番劣っていたことと、エンダークという街ではほんの少しの弱さが死に直結することもあり、正に生きるために強くなるしかなかったという事情があった。
「うむ、今日は非常に捗った。僕は今、人生でもっとも勉強したのではないかと思っている。頭を使うというのは普段身体しか使っていない僕には難儀であったが、君のおかげだ! セブン!」
「い、いや、別に……それより、たくさん勉強したものの、結局お前が出遅れてるのは変わらないんだから、とりあえず今日の所は家に帰っても復習しておけよ」
「ああ。もちろんだとも! 僕は君から教えてもらったことを決して忘れないぞ!」
「……いちいち大袈裟だな、お前は……」
そろそろキリもいいので、勉強会もこれまで。
集中して充実した時間だったと満足なシィーリアスは改めてセブンライトに感謝した。
「で、僕とのキック練習はどうすればいいだろうか?」
「え、あ、ああ、そうだな……だけど今日はもう遅いし……たとえばだけど、休日とかでもいいか?」
「ああ、もちろんだとも! 君の恩に報いるためにも、僕はいくらでも時間を調整しよう!」
「……ほんとに大袈裟な……」
思いのほか勉強に時間もかかったので、流石に今日は放課後にキックの訓練というわけにもいかないので、それは改めて。
その際にセブンライトは「休日までに走って体動かしておこう……」と、どんなトレーニングになるか分からないが、ハードなものにも少しでもついていけるように今のうちにコッソリ体を慣らしておこうと心に決めた。
そして、帰り支度を終えて校舎から外に出ると……
「おーい、もういっちょー!」
「そーら!」
「よーし、訓練場10週で上がるぞー!」
既に日も落ちているというのに、まだ多くの生徒が学園に残っていた。
箒で空を駆けている生徒や、騎獣に跨っている生徒、木剣で打ち合っている生徒など様々。
「おお、授業が終わってもまだこんなに。みんな、トレーニングをしているのだろうか?」
「ん? ああ、アレは部活だよ。訓練場がお前のアレの所為でちょっと悲惨なことになってるから、今日は少ないみたいだけど……」
「ぶかつ?」
それは、シィーリアスには聞いたことのない単語であった。
「ああ。この学園では、授業外で活動を行うものがあって、この学園には多くの団体がある。魔法開発研究部、魔法騎士部とか、まぁ色々と……今月は見学や体験入部期間になっててな」
「なんだと!? 僕はそんなの聞いてないぞ!?」
「……普通は入学前に知ってるし……まぁ、僕たちは入学式の日はアレだったけど……」
「え、セブンはいいのか?!」
「まぁ、僕はもう入る部活は決めてるし、今日はそこが休みだったから……だから勉強会できたわけだが……」
「ぬう、なんと!」
魔法学園に「部活動」というものの存在があると初めて知ったシィーリアスはひどく震えた。
そして、同時にフリードから与えられた指令を思い出した。
(6)学園の行事などには積極的に参加すること
で、ある。
「セブンよ、部活動とは学校行事の一環だろうか!?」
「あ~、行事というわけではないが、それでも学校行事の中では部活動別に参加したりするイベントもあるからな」
「となると、どこかの部活に所属すべきだろうか!?」
「そりゃぁ、自分のやりたいことを出来る部活とか、あと部活によっては卒業後の進路で有利だったりとかもあるみたいだしな。フォルト姫やクルセイナお嬢様とそういう話はしなかったのか?」
「なんと! 聞いてないぞ、僕は! では……僕もどこかの部活に入らねば!」
実際、フォルトもクルセイナも部活には入る予定であったのだが、この数日はそのことをすっかり忘れていた。
それは休み時間も放課後もシィーリアスと一緒にいたのである。
新入生の部活動の見学や体験入部期間は昨日から始まったのだが、昨日は二人ともフォルトの屋敷でシィーリアスとの勉強会でそれどころではなかった。
そのため……
「あ~ら~~あ~~~らぁん♥ シィーさ~~~ん♥」
「おお、シィー殿♥ まだ残られていたか! 今から帰りか?」
「うむ! 二人も残っていたのか!」
「ええ。部活の見学を」
「私もだ。しかし、丁度良かった。終わったらシィー殿の家に行こうと思っていたのだ。一緒に帰ろう」
訓練場の方からフォルトとクルセイナがシィーリアスに気づき、嬉しそうに駆け寄ってきた。
そして、左右からシィーリアスの腕に抱き着いて乙女の顔をしてすり寄る。
人前だから?
むしろ人前だからこそ二人は周囲に「自分はシィーリアスとこんなに仲が良い」とアピールする打算があった。
流石に二人のこの発情した雌猫のように甘える姿にセブンライトは狼狽える。
一方でシィーリアスはそのことに動じず、むしろそんな二人の口から出た「部活」の単語に反応した。
「二人も部活とやらに入るのか?」
「ええ。ワタクシは明日に騎獣部に入ろうと思っていますわ。明日から参加の予定ですわ」
「私は魔法剣士部にな」
「ふ~む……」
興味深そうに顎に手を当てて考えるシィーリアス。そんなシィーリアスに間髪入れずに……
「ふふ、シィーさんも明日から参加しますわ~。ワタクシと同じ騎獣部で3年間ず~っと一緒ですわ~♥」
「ははは、何を! シィー殿、私と同じ魔法剣士部に入られよ。シィー殿の足技に剣まで加われば、まさにシィー殿の目指すSSSランクに待ったなしだ! 剣の手ほどきなら私がしてやる……わ、私と青春の汗を共に流すというのはどうだろうか?」
二人はもう完全に開き直り、シィーリアスと今以上の親密な関係になると決意して、これまで以上に積極的に行くことにした。
「うむ、確かに君たちと同じ部活だと有意義だと思うな……」
とはいえ、シィーリアスも「この程度のスキンシップ」でフラフラと狼狽えることもなく、単純に二人から誘われた部活について真剣に考える様子。
すると……
「ジャンヌちゃん、部活は決めた?」
「期間中は色々と見学と体験する予定よ。スパイナ先輩からは教えてもらってるけど、『ピュアナ』は?」
「私は魔法騎士部って最初から決めてたから! でも、今日はお休みだった……残念だけどね。でも、先輩たちと色々入部後の話ができて良かった!」
「あら、良かったわね。なら、私はどうしようかしら……ん? あら♪」
その場に、フォルトたちと同じように部活動見学で校内を回っていたと思われるジャンヌと遭遇。
ジャンヌはシィーリアスの姿を見て、「ニヤリ」と笑みを浮かべる。
一方で……
「あ……」
「ッ、君は……」
ジャンヌの傍らにいた一人の女生徒が、セブンライトを見て怯えた表情を浮かべた。
赤みのある長い髪を両脇で結んだ、小柄の可愛らしい生徒。
セブンライトはその少女に見覚えがあった。
そして……
「君!」
「ひっ!?」
「……入学式の日は……本当にすまなかった!」
遭遇した一同。その場の誰かが声を上げる前に、セブンライトが前へ出て、頭を下げて謝罪した。
「……ふぇ?」
セブンライトの行動にポカンとする少女。
その少女こそが、入学式の日にセブンライトに怒鳴られた、平民の女生徒だった。
「君に大変酷い侮辱をしてしまった……本当に申し訳ない!」
「え、あ、あの……」
「許されないのは分かっている。だが、今ではあの言葉を後悔している。自分の愚かさを恥じている。ごめん……なさい」
平民に頭を下げる。
それは、これまでのセブンライトからはありえない行動だった。
しかしだからこそ、その謝罪には本当の想いが込められており、そんなセブンライトの行動にフォルトもクルセイナも、そしてジャンヌも目を丸くした。
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