第37話 打算のキューピット

 セブンライトの謝罪に一同がポカンとし、シィーリアスはどこか嬉しそうな様子。


「君。あの日のセブンは悪だったかもしれない。許す許さないは君の判断だ。だが、セブンはこうして反省して心を入れ替えて、君に対しても本当に申し訳ないと思っている。それだけは分かって欲しい」


 頭を下げたまま顔を上げないセブンライトの肩を叩いて、ピュアナに告げるシィーリアス。

 すると……


「ふっ、随分と都合のいいことを言うのね。人を侮辱しておいて、頭を下げただけで許されると思っているのかしら、貴族様は。ごめんですめば、勇者はいらないのよ?」


 戸惑っているピュアナではなく、その傍らにいたジャンヌが笑みを浮かべながらも厳しい目でセブンライトに返した。

 


「分かっている……」


「あらそう。でも、たった数日で急にそんな心を入れ替えるかしら? ひょっとして……そこに居るシィーリアスくんに無理やり謝罪させられているのかしら? 教室でもそんな話をして―――――」


「それは違う! 確かに教室でこいつにそのことは言われたが……今は違う……昼間のこいつの姿を見て……自分が本当にどうしようもない小さいやつだと思い知らされたんだ……」


「………………」



 セブンライトは強くそう言った。

 きっかけはシィーリアスで間違いないが、今この場で謝ったのは本当に自分の意志だと。

 流石にそれは伝わったのか、ジャンヌも笑みが消えて黙った。

 なぜならその言葉に説得力があり、何よりもそれほど人の心に衝撃を与えるような出来事だったからだ。

 すると……


「セブンライトくん……顔を上げて」


 戸惑っていたピュアナが真剣な顔でセブンライトを見つめてそう告げた。

 言われてセブンライトが恐る恐る顔を上げると、ピュアナは……


「私……そんな簡単にあなたに言われたことを無かったことにできないよ」


 重たい雰囲気の中でピュアナはそう告げた。



「私の家は貧乏ってわけじゃないけど、食べることに困らないぐらいの普通の家。だけどね、お金持ちのあなたには分からないかもしれないけど、この学園って入学金とか授業料とか、とにかくすごいお金がかかるの。だけど、お父さんは気にするなって言って送り出してくれて……嫌な顔一つしないで今まで以上に働いてくれて……そんなお父さんに私は報いたいから頑張るって決めた……それなのにあなたは……」


「……ああ……」


「だから、いま謝られても正直私はそれを素直に受け取れないし、無かったことにしようなんて言えないの……」



 ピュアナの言葉にセブンライトは素直に頷いた。それだけのことを言った。身分が平民であることを侮辱して、怒鳴って、差別した。

 それを無かったことにはできないとピュアナは言った。

 だが……


「だから……私……見ているから」

「え?」

「あなたのこれからの姿を……あぁ、本当に心を入れ替えたんだなって思えたら……うん」


 言葉だけの謝罪だけでは許さない。

 それこそこれからの過ごし方から判断すると、ピュアナはハッキリと告げた。


(シィー殿の影響か……本当に変わったようだな……)


 そんなセブンライトの姿に口には出さないもののクルセイナはそう思った。

 己より身分の低い、ましてや貴族以外を人として見ないような男だったセブンライトの急変。

 悪いことをして謝罪するというのは当たり前のことのようで、貴族が平民に頭を下げて謝罪するというのは、クルセイナからすれば本当に珍しいものであった。


(ほーん……この男……ワタクシとシィーさんのイチャイチャには邪魔と思っていましたけど……ひょっとしたら……将来大化けするかもしれませんわね。ワタクシの夫となるシィーさんの友人として、将来的なコネクションとして、ワタクシも今の内に友好関係をキープしておくのは悪くないかもしれませんわね)


 フォルトもまた、セブンライトの姿に少し驚いたものの、興味を抱く対象に格上げしていた。

 一方で……


(ふっ、どうかしらね。人の本質はそんな簡単に変わらないわ……それに、仮に今の彼の態度や言葉が本当だったとしても……大人になるにつれ、もっと貴族としての立場が上がるにつれて、どうせこの男もまた元に戻るわ……決まっている。だからこそ、壊さなくてはならないのよ……真に平等の世界を手に入れるために……)


 ジャンヌは簡単に認めないどころか「どうせ元に戻る」と後ろ向きな考えを抱いていた。

 とはいえ……


(ただ、シィーリアス君と関わると決めた以上は、彼の友達だというこのセブンライトくんともある程度の関りは持っていた方がよさそうね……そのためには……)


 ジャンヌもまた打算があり、そしてそこから導き出したのは……



「だったら、早速荷物持ちとして家まで送ってもらったらどうかしら? ピュアナ♪」


「「「「「ッッ!?」」」」」



 都合の良い存在をワンクッション置くことだった。


「なななな、何言ってるの、ジャンヌちゃん!?」


 ジャンヌの言葉に顔を真っ赤にして慌てるピュアナ。

 当然それはセブンライトも……


「そうだ……僕のような男が彼女と一緒になど迷惑だろ……」

「え……あ、いや、そこまでは……だけど……」

「……え?」

「あ、でも、そんないきなり荷物持ちとかむしろそっちの方が失礼で―――」

「え?」


 そして、ジャンヌはピュアナという女がこういう反応をするということを分かったうえで、そういう提案をした。

 だから、ピュアナがこういう反応をするのであれば……


「いや、それこそ僕は失礼などと思わない。むしろ先に失礼をしたのは僕の方だ……」

「え……あ……でも……」

「だから、そんな程度で償いにはならないに決まっているが……その……」

「いやいやいや、でもぉ……」


 セブンライトもまたこういう反応になるのである。

 ならば、もうあと一押しで――――



「ほ~ん……いいではありませんの、セブンさん! ナイトとして、ちゃんとレディを送り届けるのですわ~♪」


「「ッ!?」」


 

 それは、ジャンヌの思惑を見透かしたうえでなのか、ニヤニヤと笑いながらフォルトも後押しした。


「それに~そもそもシィーさんは今からワタクシと放課後デートですの~♥ ほら、お邪魔なセブンさんはシッシですわ!」

「え……フォルト……でーと?」

「シィーさん、これも友情として正しい判断ですわ♪」


 フォルトのその言葉に初々しく顔を真っ赤にして照れるピュアナ。

 そして、二人をこの場から遠ざけることで……


「ふっ……」

「うふ♪」

「……これは……」

「?」


 ジャンヌ、フォルトは火花を散らし、その空気をクルセイナも察し、そして良く分かっていないシィーリアスだけ首を傾げていた。

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