第35話 絶大なる影響

 その日、多くの者たちに影響を与え、将来への道すらも左右させてしまうほどの衝撃をシィーリアスは起こした。



 フェンリルの咆哮は、もはや学園内に居る全ての生徒と教員が気づいた。

 帝国でも名を轟かせる強力な召喚獣が正気を失って暴れる。

 もはや、生徒や教員どころか、一軍が集結して事態の対処をするレベル……本来ならそうである。


「……なんだ……アレは……」


 普段は人との関りを持たず、他人にも大して興味を持たないカイ・パトナも流石にこの騒ぎに気付いて校舎から外を見て、事態の把握に戸惑った。

 だが、真に戸惑うのは、Aランクのカイですらも戦慄するその召喚獣フェンリルを……


「ガガアアアアアアッ!」

「こらこら、いくら訓練場とはいえあまり地面に大穴を空けない方が良いと思うぞ……と言って通じる相手ではないか……」

 

 強力な爪や牙、更には鞭のようにしなる尾を振り回し、まるで荒れ狂う天変地異のように訓練場で暴れるフェンリルだが、その全ての攻撃をシィーリアスは軽やかに、そして素早く回避していた。

 しかも、回避するだけでなく……


「よっ、暴霊ボレー蹴飛シュート!」

「ガビャアッ!?」

「口を開けっ放しだと、歯を食いしばれないから気を付けたまえ! 威嚇が通じない、もしくは必殺技を叫ぶとき以外においてはやめた方が良いのだ」


 大口開けて吠えながら攻撃していたフェンリルの顔面まで飛んで強烈な蹴りを入れ、フェンリルが訓練場で二転三転しながら転がった。


「ばかな、どうして、あんな動きが……あれだけ回避を……あんな態勢で、後ろに目でもついているのか? そして、嵐のような攻撃の中で反撃まで……ッ……」


 校舎の窓から訓練場の様子を見ながら、カイは震えていた。

 この状況の経緯は分からないが、それでもこの状況で確実に分かったことがあった。


「パワーだのスピードだの、そんな単純なものではない……あの戦い慣れた動き、先読みや判断力や、あれだけの暴威を前に一切の恐怖心すら感じぬ精神……AだのSだの……そういうことではない……」


 入学式の日にシィーリアスに不覚を取ったカイ。

 だが、それでもカイは敗北に納得していなかった。

 シィーリアスに得体の知れなさを感じていたものの、それでも次に戦えば今度は油断しない……そう思っていた。

 だが、この瞬間に、カイは理解してしまった。


「ふっ……文字通り……レベルが違う」


 自分が不覚を取って負けたのではない。


「強い……あの男は強すぎる」


 単純に力の差があって負けたのだと、思い知らされたのだった。








「うそ……な、なんなの? か、彼は……いずれ、この世界で革命を起こすために仕込んでおいた……あの、バーサーカーフェンリルを……ひ、一人であんな……」


 黒幕のスパイナは震えが止まらなかった。目の前で起こっている事態を理解できないでいた。

 

「どうやら……本物だったようね……フォルト姫の判断は正しかった……彼は様子見や危険性に目を瞑ってでも……是が非でも引き込むべき人材……怪物!」


 スパイナの傍らで、震えながらも笑みを零してジャンヌはそう口にした。


「……ジャンヌちゃん……Aランクのカイ・パトナを倒したという彼……クラスメートなんだよね? どうなの?」

「思考や思想が純粋すぎるのが今のところは問題かしら……でも、もうそんなことは言ってられないわ。彼の身分も平民のようだし……彼をフォルトやクルセイナのような、権力者側に引き込まれでもした方が後々間違いなく脅威……今日以降から帝国側も彼の確保に乗り出すでしょうしね」

「……じゃあ……彼は絶対に……」

「ええ。私たち『革命軍』に引き込むべきよ。『ボス』にもそう伝えましょう」


 それは、シィーリアスも、そして学園側も誰もが知らないところで進められている会話。



「十分あなたを教えてもらったわ、シィーリアスくん。今度は私から君に言うわ。友達になってくださいってね。必ず君を手に入れてみせる」



 暗躍する黒い勢力が、シィーリアスに狙いを定めたことを、シィーリアスはまったく気づいていなかった。


「でも、大丈夫? 今もだけど、あのフォルト姫やクルセイナお嬢様が傍に居るみたいだけど、出し抜ける?」

「そうね。そのときは、スパイナ先輩のように……この身体を使うわ。流石に二人とも彼と一線越えるほどまだまだ深い仲ではなさそうだし……私のヴァージン一つで彼を篭絡できるなら……」

「へぇ~。もし彼がそういうエッチなことにハマるようなら、私も呼んでよ。ああいう童貞っぽい坊やなんて脱いで押し倒して、ハーレムプレイでもさせてあげれば簡単だから♪」


 そして、彼女たちは自分たちで破滅への道を進もうとしていることを気づいていなかった。







「おーっほっほっほっほ! シィーさん、最高ですわ! あなたは本当にワタクシの全てを捧げても足りないぐらいの殿方ですわ!」



 もはや、フォルトは笑うしかなかった。自分の目は微塵も間違っていなかったのだと。


(シィーさんと一線を超えるとかどうとか、もはやそんなのむしろ狙うべきですわ! 一刻も早くシィーさんの子を孕んで、確実にシィーさんとの繋がりを作り、そして周囲に示す必要がありますわ! たとえそれで退学になろうと安いもの! シィーさんにはそれだけの価値がありますわ! あぁ、シィーさん♥)


 胸が高鳴り興奮が収まらず、体も火照って発情してきた。

 自分の目も心も間違っていないと確信したフォルトは、今すぐにでもシィーリアスと交わりたくて仕方なかった。

 その傍らでクルセイナも……


(もはや決定的……シィー殿を他国に渡してはならん。それは間違いなく帝国にとっての損失と脅威。フォルト姫はもはや躊躇わないだろう……父上や帝国上層部、皇帝陛下にも進言すべき……だが、モタモタしている暇はない。シィー殿を狙うのはもはやフォルト姫以外にも出てくるかもしれない……抱かれたいと思う女もいるかもしれない……そうなれば……その前に……私がシィー殿と……足にキスして満足している場合ではない!)


 心の中で決意した。

 この数日でのシィーリアスとの関りで芽生えた想いには色々な要素があったが、今からは違う。

 これは国の行く末をも左右させる問題であると、クルセイナは判断。

 そのためには、より一層シィーリアスと親密な関係になって励むことを心の中で決意した。


「おほほほ、クルセイナさん」

「はい?」

「我がヴェルティア王国では重婚が認められていましてよ?」

「……」

「もし~、退学されたり勘当されたり……その想いを忘れられないようでしたら、いつでも我が国に迎え入れて差し上げますわ~第二夫人として♪ お友達ですもの♪」

「ふ……ふふふ、何を仰っているか分かりませんが?」


 そんな二人の決意と会話……それを全く気にすることなく、ただ目の前のシィーリアスの姿に目を奪われる一人の男子生徒……


「すごい……あいつ……本当にこんなに強いのに……」


 セブンライトの受けた衝撃は、もはやこれまでの自分の価値観全てを壊すほどのものであった。


(貴族だとか平民だとか……なんと小さい……なんと虚しい……僕はそんなものを心の拠り所に……それに比べて彼は……アレだけの強さを持ちながらも、勉強が苦手だったら人に頭を簡単に下げて……それどころか……僕のような……今ではハブられているこの僕とも笑顔で友達と……自分の技もアッサリと教えるとも言い……)


 貴族主義。優性思想。そういったものに囚われていたセブンライトは目の前でフェンリルをあしらって蹴散らしていくシィーリアスの姿を見て、産まれて初めて自分自身を恥じた。


「まったく……僕は小さいな……シィーリアス・ソリッド」


 そして、シィーリアスの姿に尊敬し、そして憧れを抱いた。


「僕も……お前のように……お前が友達と言ってくれるのならば、それに恥じない男になりたい……シィーリアス! 僕は……変わりたい!」


 その瞬間、これまで陰鬱としていたセブンライトの瞳に光が差し、輝かしい希望が宿った。


「ガグ、ガアァ、ガ……グギャガ……」


 そして、思うが儘に暴れ狂うかと思われたフェンリルも、既に体がフラフラで、既にその瞳にも力が入っていない。

 正気を失う凶暴狂獣が解け始め、ただ目の前の男に恐怖を抱いていた。


「大人しくなってきたな。君は……非常に動きが鈍い。恐らくずっと楽に飼われていたのだろう。攻撃も大振りで単調である。狩りの経験もさほどないと思われ野性味も無ければ、訓練によって鍛えられているような精密さも、実戦経験も乏しいと思われ、全てが大雑把。何よりも運動不足で体力もないぞ? そういうのは暴れても数分で息切れしてしまうのだよ」


 フェンリルにダメだしするシィーリアス。

 本来であれば、ステータス上ではフェンリルもAランク以上の力がある。

 だが、それでは計り知れないほどの差が両者にあった。

 圧倒的な経験値の差。

 もはや大勢は覆らない。


「では……最後にもうちょっと強めに蹴って終わらせよう」

「ッ!?」


 フェンリルは人語を話さないが、知能が高いために人間の言葉を理解する。

 そして、次の瞬間全身をガタガタと震わせた。

 本能が目の前の男には絶対に勝てないと理解していた。

 そして……



「いくぞォ! 羅棲斗ラスト——―――」


「きゃうぅううううんん!!!!」



 フェンリルは屈服した。

 その図体で、まるで子犬のように縮こまって震えて屈服した。



「……うむ! まぁ、暴れたのは君の意志ではなく魔法によるもの。正気に戻った君が戦わないというのであれば、これ以上は僕もやる気はない」


「きゅぅぅん、く~ん……」


「怯えないでくれたまえ。ほら、いいこいいこ♪」



 震えながら伏せをするフェンリルの頭を笑顔で撫でるシィーリアス。

 その光景を微笑ましいと思うものなど一人もいない。

 むしろ、余計に戦慄してしまった。


 こうして、シィーリアス・ソリッドの名は魔法学園全体と、帝国の上層部に轟くこととなった。  

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