第34話 狂獣とズレた男

「やめよ、ソウロ殿! たしかソレは学園生活で使うことは禁じられ――――」

「黙れぇ! 私の輝かしい学園生活を壊したその男は、許さないッ!」


 その瞬間、禍々しい空気が場に広がり、その場に居た生徒たちは寒気に震えた。


「な、なんだ!? こ、これほど……これほど禍々しいものなのか、召喚魔法というのは!」

「ほ~ん……なんか……様子が変ですわ」


 クルセイナとフォルトも思わず身構える。

 副会長が暴走し、学内のトラブルで一族の、そして帝国が誇る召喚の魔法を使う。

 使役した使い魔を己の魔力で出現させる希少な魔法使い。

 その力を使う……のだが……


「ぐ、な、なんだ、これ……? 知らない、私は、いつもと違……うう、うわああああああああああああああっ!?」


 そして、術士たるソウロ本人も「いつもと違う」と戸惑い、そして唸りだした。


「ちょ、な、なに!? ソウロくんが……」

「なによ、私たちのことを誤魔化そうとしてるだけなんじゃ……いや……何か本当に変よ!」


 ソウロに手を出されていた女生徒たちも、非難の目から徐々に不安な目になっていく。

 彼女たちも魔法学園の生徒であるがゆえに、「何かがおかしい」と感じたのだ。

 すると……


「うーむ、変……まぁ、確かに変というか……召喚魔法で最初からああいう紋様で出すのは確かに変だとは思うが……」


 と、そのとき、シィーリアスが首を傾げながらそう口にした。


「シィー殿、何か御存じなのです?」

「え? だって、あの召喚用の紋章……あれって、力の弱い使い魔を凶暴狂獣のバーサーカーモードにする形……使い魔だけでなく、自身の生命力を削る術式だから、まさに最後の手段でやるものだと思っていたが……最初からアレをやるものなのだな……」

「……は? バーサーカー?!」

「彼が女の子とエッチしていたと言ってしまったことは、そんなに怒らせるようなことだったのだろうか!?」


 シィーリアスの言葉にギョッとする一同。

 この際、どうしてシィーリアスがそんなものを知っているのかということは、今は問わない。

 問題なのは……


「先輩方、ソウロ先輩は最初からあのようなことを……?」

「ち、違うわ! わ、私たちも遊びで見せてもらったことあったけど、あ、あんなのじゃない……違う! 紋様の形もあんなものじゃなかった!」

「ど……どういうことだ!?」


 そう、本来ならシィーリアスの疑問の通り、ありえないのである。

 ソウロがたまたま今日そんなことを事前にしていたとも思えない。

 そもそも、ソウロ自身も驚いている。


「ぐ、わ、なんだ、体が痛い! 体が切り刻まれるように、う、う、う、うわあぁああああああああ!?」


 膨大な光がソウロの全身から溢れ出る。それは、ソウロの生命力すらも吸い取るかのように、見る見るソウロがゲッソリしていく。


「な、なんだ、一体何の騒ぎ……ソウロ!?」

「おいおい、これは……」


 流石にこれだけの騒ぎになれば、教員たちも駆けつけてくる。

 だが、誰もがソウロの様子に目を疑い、言葉を失う。

 そして……

 


「ガグガアアアアアアアアアアッッ!!!」



 巨大な白い狼。大木のように巨大で、その瞳は正気を失い、額にはソウロに刻まれている紋様と同じものが刻まれている。


「フェンリル!? わ、私も見たのは二度目だが……違う! 目が……」

「これが、ソウロ家に代々伝わり、他国にも轟く伝説の……白狼牙・フェンリルですのね! なんという威圧感!」

「で、でも、な、なんか、物凄く涎ダラダラで……」


 突如魔法学園に出現した巨大なフェンリル。

 咆哮し、更に空気が弾ける。

 ソウロを知っている者たちは、ソウロの使い魔であるフェンリルを見るのは初めてではない。

 だからこそ、そのフェンリルが以前と違い、そして正気でないと理解した。

 

「あ、ぅ、あ……フェン、どうしたんだ……フェン! わ、私が分からないのか! とにかく大人しく――――」

「ガグガギャアガアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 全精力を搾り取られたかのように、やつれてその場に倒れ込んだソウロ。

 己が召喚したフェンリルの異常に混乱しながらも窘めようとするが、もはやフェンリルは主のことすらも認識していない。


「ま、まずい、ソウロ殿の命令も……」

「お待ちなさい、アレがもし暴れでもしましたら……」

「こ、殺され……!」


 決闘とか、怪我がどうとか、もはやそういうレベルではない。

 むしろ、このままではこの場に居る者たちは殺され、それどころか目の前のフェンリルが大暴れすれば、この国はとんでもないことに―――



「ふむ……これは困った……」


「「「ッッ!!??」」」



 それは、フェンリルを見上げるシィーリアスから漏れた言葉であり、その一言がフォルトたちを更に戦慄させた。

 登録上はFランクとはいえ、Aランクに勝ったシィーリアスが「困った」と口にするほど、目の前の怪物は―――



「この場合はどうなるのだろうか! 学園で禁止されているのは喧嘩で、そして先生たちからの10の指令は全て対人におけるルールであったが、このように獣が相手の場合はどうすればよいのだろうか!?」


「「「…………は?」」」


「人を殺してはならないと言われたが、召喚獣については記載なく……しかし、学内での喧嘩は禁止されており、召喚獣を彼の魔法というくくりにしてしまえば、アレを倒してしまえばそれは喧嘩をしたことに……ううむ……」


 

 シィーリアスが困っていたのは、目の前の怪物の脅威ではなく、与えられたルールの中でこれをどのように判断し、どう処理すればいいのかということ。

 その考えはその場にいたフォルトたちともあまりにもズレすぎており、フォルトたちも一瞬思考停止し……



「ガガガアアアアアアアアアッッ!!!!」


「「「ッッ!!??」」」


「あぁ~、しかしこのままでは僕の友達が……ぐぅ、ならば最低限のことで!」



 巨大な狼な化け物が、巨大で鋭く光るその爪を振り下ろす。

 大地すらも裂かんとする勢いで振り下ろされるその爪にあたれば、人間は肉片すらも……


「大地烈斬ッ!」

「ガッ―――ッ!?」


 それは、何も纏ってない、ただのローキック。正確には、足払いである。

 四つ足歩行のフェンリルが右の前足を振り下ろそうとしたため、シィーリアスは強烈な蹴りでフェンリルの左の前足に蹴りを入れて払う。

 バランスを崩したフェンリルはそのまま顎から地面に強く打ち付ける。



「「「「ッッッ!!!???」」」」



 その瞬間、その場にいた全ての生徒も教員も目を疑った。

 ただの蹴りで、人間の何十倍もの巨大な体躯を誇るフェンリルが足払いされて倒れたのだ。


「な……なん……え?」

「……シィーリアス・ソリッドくん……これは……」


 少し離れた場所で見物するつもりだった本来の元凶で黒幕でもあるスパイナは絶句し、その傍らにいたジャンヌも目を見開いて震えた。



「まったく……意思を失わせてただ凶暴狂獣化されたものというのは、始末した方が手っ取り早いのだが、そういう訳にはいかない以上……少し時間をかけよう」


「ガ、グ、ガ、……ガアアアァアアア!」


「あと、こんな校舎の近くではなく、広い訓練場へ移動だ! 跳びたまえ!」



 地面に突っ伏したフェンリルが再び咆哮して、首を伸ばしてシィーリアスをその巨大な牙で噛み殺そうと口を開けた、その時だった。


「龍」

「ガ……ッ!?」


 理性を失わせるほど暴走状態のフェンリルが止まった。

 目の前に居る小さなシィーリアスから、己の威圧感や凶暴の空気を吹き飛ばすほどの恐怖を感じたのか、全身を震わせた。

 

龍颶ロング蹴飛シュートォオオオオオオッッ!!」


 まるで竜巻にでも巻き込まれたかのように激しく回転しながら、フェンリルが蹴り飛ばされた。


「「「「け、……蹴り飛ばしたッ!!!???」」」」


 その際に、空から人間ほどの大きさの巨大な牙が二本降ってきた。


「あ、う、そ……なんという……」

「……これはもはや……このワタクシですら夢かと思いたいぐらいですわ」


 人間が魔法も使わずに巨大なフェンリルを蹴り飛ばした。

 誰もが震え、ある者は腰を抜かし、ある者は呆然と立ち尽くしていた。


「ガアア、ウウオオオオン、ガアッ!!」


 そして、校舎から広い訓練場の中央まで蹴り飛ばされたフェンリルは、よろよろと立ち上がりながらも、その鋭い獣の瞳は変わらず、再び吠える。

 その咆哮を正面からシィーリアスは受けながらも、一切揺らぐことなく、一足飛びで訓練場の中央まで跳び、フェンリルと正面から対峙。


「ううむ、凶暴狂獣化を解除には魔法以外では、単純な物理によりショック療法か気絶させるぐらいなのだが、足りなかったか……とはいえ、力加減を間違えて骨折させてしまうのも………あれ? さっき、歯を折ってしまったけど……歯は骨にカウントされるのだろうか……!? あああ、どど、どうすれば!?」


 そして、またズレていた。


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