第33話 暴走

 公衆の面前で「あなたは彼女とイチャイチャしていましたね」と言われ、しかも墓穴を掘ってしまったソウロ。

 それでもまだどうにかして誤魔化そうと、声を荒げるが……



「ひ、人聞きの悪いことを、い、言うな! 私が、か、彼女と、し、していたなど、何という侮辱! 私を子爵家の――――」


「今の本当なんですか?! ソウロ先輩!」


「え……ッ!?」



 そのとき、別の方向からソウロに向かって誰かが叫んだ。

 そこに居たのは……


「き、君は、2年の……ヤリリィ……さん、じゃないか……な、何を……」

「何をって、今の話です! 学園内での不順異性交遊がバレたら処分されるから……だから、私たちが付き合っているのは内緒にしようって言っていたのに、今のはどういうことですか!?」

「ちょ、ば、ばか!?」


 一人の女生徒がこの状況下で追い打ちをかけ……


「ちょ、待ってよ、ソウロくん! な、なんで? どういうことよ!」

「ひっ、セフレーカ!?」

「あなたは私だけって……だから、私……あなたと……寝たのに…………それなのに、どういうことよ!?」

「ぐうぅううう!?」


 更なるダメ押しが叩き込まれる。

 まさかのシィーリアスの発言を皮切りに、学園内でソウロに手を出された女生徒たちが一斉に出てきたのだった。



「おーっほっほっほ! これはこれは、あの魔法学園の生徒会執行部もお笑いですわ~、ただのスケコマシさんが偉そうにしていたとは、会長殿も大変ですわねぇ~」


「ふぅ……貴族の中で、ソウロ殿は表向きは優等生だが裏では少し女性関係で……とは聞いていたが、やれやれ……」


「僕もそれは聞いたことはあるが、あの先輩、噂以上だったか……」



 もはや挽回不可能な状況に追い詰められたソウロに、フォルトもクルセイナもセブンも呆れた様子。



「ぐっ、だ、黙れ! だいたい、セブンライト! 君のような恥知らずな分際で、この私を嘲笑ったな!?」


「ッ……」


「入学初日に大恥さらし、今では学園の平民から貴族に至るほとんどの者たちから白い目で見られているお前が、私を哀れむな!」



 最初のスマートで端正だった表情が一瞬で醜く歪んで怒鳴り散らすソウロは続いてシィーリアスを指さし……



「大体、そこの男も何という無礼な……所詮はお前のような誇りもない貴族の中の落ちこぼれは、そういう奴としかもう学園内で関われないのかな? それなのに、フォルト姫もクルセイナも何故その男たちと一緒に行動を? 理解に苦しむというものだ! 皆もそう思わないか? この学園の沽券に―――――」



 とにかく大騒ぎしてこの場をどうにか誤魔化さないとと思ったのか、ソウロは怒りに満ちた女生徒たちを無視して、話題をセブンやシィーリアスに向けて誤魔化そうと……



「その口を閉じろ、このたわけものぉおお!!」


「ッッ!!??」


「「「「ッッ!!!???」」」」



 それは、場の空気を一瞬で張り詰めさせるほどの威圧の籠ったシィーリアスの叫びだった。

 その一喝だけで、ソウロだけでなく、フォルトもクルセイナも思わず息を呑み、セブンや他の生徒たちは腰を抜かしそうになった。

 

「それ以上侮辱は許さない。彼は僕の友達だ。仲間や友達の悪口を言われて黙っていることなど人として許されない……僕は先生たちにそう教わった……だから……僕は君を許さんぞ!」


 それは、フォルトとクルセイナすらもゾクッとした。

 入学式の初日に、喧嘩を止めるために争いの中に割って入ったシィーリアス。

 そこでシィーリアスは戦いの力を見せたが、それはあくまで身に降りかかる火の粉を払うかのような行為であり、そこに怒りはなかった。

 しかし、今は違う……



(初対面の時、ワタクシの発言にシィーさんは怒りましたが……あのときのように……いいえ、あの時以上ですわ! あぁ~、あのかわいらしい、シィーさんが……♥)


(あの時、フォルト姫からのペット発言などはどちらかというと自分自身の問題だということと、我々に対する成敗という意味合いの方が強かった……が、今は違う。友を罵倒した男を許さないという怒りが滲み出ている……体が熱く疼く……濡れる♥)



 その圧倒的な威圧感に、二人の乙女は何故か体が熱く欲情していた。これほど荒々しいシィーリアスに抱かれてみたいと思うほどに。

 一方で、セブンは……


(な、なんなんだ、こいつは……お、怒っているのか? 僕が副会長に罵倒されたことに……本気で? 友? 相手は上流の貴族で学園内でも権限のある生徒会執行部の副会長だというのに……それどころか、この人の家……バックには……それなのに、この男はどうしてこんな……こんな……)


 理解できない行為。

 単純に「友達を罵倒されたから許さない」という気持ちだけで、自分の思うが儘に叫んだシィーリアスを「ありえない」と思う一方で……


(すごい……何の打算もなく……ここまで自信に満ちて、相手が誰であろうと堂々と……なんと……誇り高いんだ!?)


 自分は誇り高い貴族。そう思っていたセブンが、自分にはできないことをしようとするシィーリアスの姿を「誇り高い」と思ってしまった。

 そして……


「ゆ、許さないだと? この私に向かって……Fランクのくせに! ちょっとAランクを退けたからと言って調子に乗り……なら、何を許さないか見せてもらおうか!」


 シィーリアスの言葉に逆上したソウロは全身に魔力を漲らせる。

 制服の袖をまくり、紋様が刻まれた腕を見せる。


「我が一族に伝わりし守護神よ……今こそ誇りを守るために現れよ―――――!」


 それはもはや、学園で禁止されている決闘……いや―――



「ん? なんだ、それは……召喚魔法を使う気……って、待ちたまえ! この学園は無断で暴力的な喧嘩はダメという校則なのでは?」


「それもそうだが、やめよ、ソウロ殿! 自分が何をしようとしているのか分かっているのか! こんなことで、こんな場所で、しかも禁止されている使い魔の召喚を―――」


「とはいっても、シィーさんの敵では……あら? でも、あの紋様……ん? ウヤロ家に伝わる召喚紋様は……もっと別の形だったような……」


「ちょ、出す気か!? ソウロ家に伝わる使い魔にして王国の守護神とまで言われた……フェンリルが!?」



 もはや止まらないソウロに、シィーリアスたちだけでなく、周囲の生徒たちも騒ぎ出す。

 すると……


「あ~あ……ここで使っちゃうなんて……」


 いつの間にかこの場から距離を取って離れて笑みを浮かべているスパイナ。

 その傍に……


「どういう状況かしら? スパイナ先輩」

「ふふ……あら、見られてたの? なら、見たまんまだよ、ジャンヌちゃん」


 シィーリアスたちのクラスメートであるジャンヌが、誰も気づかぬうちにスパイナの傍らに立っていた。

 

「で、どうなんです? あの人の召喚魔法は……」

「ふふふ、パアかな? いつかのときのために、私があの下手くそに抱かれて、ベッドであいつが寝ている間に、色々と弄った召喚術式……フェンリルが『ああなる』ように仕込んでいた『アレ』がパアだよ」


 そして、そんな二人の関係性と会話を、誰も気づいてもいなければ聞いてもいなかった。




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