第13話 脚にキス
「我が剣を受けてみよ! 帝国流剣術・クロノクルセイドッ!!」
多少興奮して心乱れながらも、太刀筋そのものは鋭く豪快で、シィーリアスの脳天目がけた渾身の一撃。
幼い頃より、侯爵家に生まれたものとして魔法も剣も英才教育で叩き込まれ、近い世代の中では貴族の中でも秀でた存在として周囲から一目置かれていた。
そんなクルセイナの鍛えて研ぎ澄まされた一閃に対し、突然のことで何か分からないシィーリアスが、咄嗟に自分の身を守るため……
「ええい、脚指・真剣白刃取り!」
「…………ッッ!!!!???」
正面から脳天目がけて剣を振り下ろすクルセイナに対し、シィーリアスは左足一本で立った状態のまま、右足を垂直に上げた。
「な、わ、わ、私の剣を……」
「あらぁ……あらぁ♡ なんて素敵……シィーリアス様ぁ♡」
「あ……あ……あ」
驚愕するクルセイナ。
うっとりするフォルト。
店主は腰を抜かしている。
それは、シィーリアスが右足の親指と人差し指だけで、クルセイナの剣を掴んで受け止めてしまったからだ。
「な、なんという……」
本来、真剣を素手で掴まれることなどありえない。
それを足の指二本だけで受け止めた。
「も、もう、君は急になんてことをするんだい、クルセイナ!」
そして、これがダメ押しとなった。
「ば、バカな……私の太刀筋を見切って受け止めるだけでなく……指で受け止め……!?」
片足一本で力強く立つ強靭な足腰とバランス力。
天高らかに足を突き上げる柔軟性。
さらに、その本来不安定な状態から自分の剣を足の指二本で受け止められるというこれまでの人生どころか、恐らく今後の生涯を通じてもこの瞬間しかないだろうと言えるほどの衝撃。
さらに……
「ば、ばかな……抜けない……押しても引いてもビクともしない……」
足の指の握力。女の細腕だろうとも、剣を振り続けて鍛えてきたクルセイナの腕力はその辺の男など軽く叩き伏せるだけの力がある。
そのクルセイナが、足の指に挟まれた剣を一切動かすことができないのだ。
(つ、伝わってくる……分かる……これは抜けない……桁違い……この男の内在する筋力……なんと……逞しい……勝てない……もう、分からされてしまった……この男はランクが違う……そして何よりも……)
その常識外れな力に恐れ、そのありえない事態に全身が震え、そしてシィーリアスのその脚から伝わる全身の強靭さに……
「美しい……」
「……え?」
思わずクルセイナは惚れ惚れとしたのだ。
「ふっ……Aランクのカイがアッサリ敗れたのだ……優秀だの褒められて多少の自信があったものの、所詮私はCランク……器が……格が違ったか……」
「クルセイナ?」
「……まいりました……シィーリアス……いえ、シィーリアス殿」
「え……?」
クルセイナは剣から手を離し、そしてその場で片膝付いて跪いた。
もはや、想像をはるかに超える圧倒的な力の差をこの一瞬で理解したクルセイナは、誇りや自分のこれまで積み重ねた日々すらも関係なく、心の底から屈服してしまった。
(私は出会ってしまった……この脚に……申し訳ありません。父上……母上……兄上……陛下……姫様。私が生きてきたのはこの脚と出会うため、つらく苦しい己を高める鍛錬の日々も、出会いも、喜びも、全ては……この日のために!)
侯爵家令嬢クルセイナ。生真面目で清廉で誇り高き貴族の娘の唯一の欠点は、妄想と思い込みが激しく、そして筋肉フェチだった。
「えっと、ど、どういうこと? 謝罪は受け取るがこのようなことをした理由は一体?」
「申し訳ない……いや、申し訳ありません、シィーリアス殿」
「殿!?」
「先ほどまでの私はもうおりません。今より私は生まれ変わります。その証として……シィーリアス殿、脚を私の眼前に……出してください」
「????」
何が何だか分からないシィーリアスは、とりあえず言われたままに白刃取りしていた足の指から剣を床に降ろし、跪くクルセイナの顔の前に差し出した。
すると、クルセイナは……
「ちゅっ♡」
「うぇ!?」
「ちゅっ♡」
「あ……あの?」
「ちゅっ♡」
「……クルセイナ?」
「♥♥♥」
「んっ!」
クルセイナは、シィーリアスの脚の四カ所にキスをした。
服従を意味する『脛』へのキス。
更に強い服従を意味する『脚の甲』へのキス。
忠誠心を意味する『脚の裏』へのキス。
崇拝を意味する『脚の指先』へのキス。
「これが私のファーストキスであり、あなたへの心です……シィーリアス殿」
「????」
「あらぁ?! ちょっ、クルセイナさん、何をしていますのぉ?!」
何が何だか分からないシィーリアス。
少し焦った様子のフォルト。
そして、顔を赤くしてモジモジして、少し前までの威風堂々と凛とした女騎士のようなクルセイナはもうそこに居なかった。
「えっと……クルセイナ? その……僕は……キスは頬やおでこにと思っていたけど……帝国では親愛のキスは脚にするのだろうか!? 僕も君の脚にキスした方が良いのだろうか!?」
「そういうことではありませんわ、シィーリアスさん!?」
「そ、そうです! シィーリアス殿が私の脚に等恐れ多い! これはただの……そう、完全なる敗北と屈服をあなたに示したものです……」
コレは親愛どころの話ではない。
もはや、奴隷と言っても差し支えないような行為を、クルセイナは自らの意志でシィーリアスに行った。
だが、それを聞いてシィーリアスの表情が強張る。
「敗北と屈服? 君は何を言っている! いつ僕たちが戦った! 僕がいつ君を屈服させようとした! 僕たちは友なのだから、そんなことはおかしいではないか!」
「シィーリアス殿……あなたほどの人が私を友とまだ呼んでくださるか……」
「当たり前だ! そして君もそれを嫌だと思わないのであれば、さっきまでのように話して欲しい。敬語なんて急に使われたら返って壁を感じてしまう。『殿』も不要だ」
「……シィーリアス殿……しかし……」
「それと、国や場所によって親愛のキスの場所はそれぞれであるからそれは自由にしてもらって構わないが、屈服だとかそういう意味のキスは今後もしないでくれたまえ!」
シィーリアスの真剣な想い。それは、屈服だとか奴隷的なことは、かつてのエンダークでのつらく苦しい日々を思い出させるからであり、そんなことを友にされるなど自分で許せなかった。
一方でクルセイナは……
「ッ!? シィーリアス殿は私の忠誠心をいらぬ……と、ん? いや……親愛のキスであれば、どこにキスをしても構わない……いま、そう申されたでしょうか?」
「え? うん……だって……そこは文化の違いがあるのだろう? だけど、フォルトは受け入れてくれたのだ。ならば僕も受け入れよう」
「ッッ!!??」
その瞬間、クルセイナの脳はガツンと衝撃を受けた。
(どこでも……つ、つまり、親愛であればシィーリアス殿の脚にキスし放題!? 指にも! え? 恐らく強靭と思われるような……腹筋とかにも?)
クルセイナはもう完全に堕ちてしまっていた。
「な、なるほど! キスについては、分かりました、シィーリアス殿! し、しかし、敬語と『殿』をつけるのだけは……礼儀に……」
「でも、敬語は……その、やっぱり、さっきまでとは……」
「え、えええい、分かった、シィーリアス殿! 私はあなたにもはや敬語は使わん! 対等な友として!」
「あ! ありがとう、クルセイナ!」
こうしてクルセイナもシィーリアスの真の友となり……
「あら~、ワタクシを除け者はずるいですわ~♥」
フォルトもピトっとシィーリアスに体を擦りつけてデレデレし……
「……お……おきゃくさま……」
店主は未だに腰を抜かしたままだった。
――あとがき――
クルセイナは変態系チョロインです。今後真顔で変なこと言うかもです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます