第12話 スキンシップ

「あ、お、お客様、こ、ここでは……お、おやめくださ……」


 挨拶やお礼でハグをしたり、頬や額にキスをする……確かに無くはない文化ではあった。

 しかし、相手が一国の姫であるなら大きく話は変わるし、そんなものを目の前で見せられたクルセイナも平常ではいられない。



「こ、この、この破廉恥ナンパ男め! かわいい顔して無垢なふりして、な、なにをとんでもないことを!」


「落ち着きたまえ、クルセイナ! 店主さんも困っていらっしゃる。それに、別に僕はいかがわしい気持ちでハグやキスをしたわけではない!」


「どこがだ! 女性の身体を、ふ、触れ……よ、よりにもよって、姫様の……しかも、き、キスまで……」


「な、なぜだ! そんなにこの国では許されないことだったのだろうか!? 別に僕は抱きしめて、乳房やお尻を触ったわけでもなく、キスも舌を入れるどころか、唇にしたわけではない! 断じて、エッチなことではないはずだ!」


「お、ほ、ほわあああ!? き、貴様ああああ、言うに事欠いて何ということを!」



 シィーリアスは本当に戸惑っていた。

 なぜならシィーリアスにとって、「親しい女性」とハグをしたり、頬や額にキスをするのは、普通のことだと思っていたからだ。


(ど、どういうことだ!? いや、そもそもクルセイナはまだしも、フォルトはミリアム先輩の故郷の姫だから……それほど文化に差はないはず……だ、だってミリアム先輩は……)


 そして、焦るシィーリアスの脳裏によみがえる、パーティーの中で最も重度にシィーリアスを溺愛していたミリアムとの日常……



――シィ~く~ん♥ はい、おはようのチュ~~~♥


――シィ~く~ん♥ 今日も一日がんばろー! はい、好き好きハグ~♥


――シィ~く~ん♥ はい、おやすみのチュ~~~♥ ……おかわり、ん♥ ちゅっ♥ はむはむ♥


――シィ~く~ん♥ すりすり~♥ 


――シィ~く~ん♥ かわい、ちゅっ♥



 と、挨拶だけでなく、特に理由もなく抱き着いたりキスしてきたりするミリアムと何年も過ごしていたのだ。

 そして、そんなミリアムに便乗してオルガスも加わるときもあったので、シィーリアスにとってその行為は仲が良ければしても問題ないものだという認識であった。



「クルセイナ……君が言うからには、帝国ではこういったスキンシップは文化が違うのかもしれない……し、しかし、ヴェルティア王国では問題ないのでは!? 僕の先輩はヴェルティアの人だったが、むしろその人が――――」


「そんなわけなかろう! そもそも、今日初めて出会った男が、よりにもよってフォルト姫に……見てみろ! フォルト姫を! あまりにも突然のことで怒りに……怒り……に……」



 そのとき、フォルトの様子を二人が伺うと……



「抱きしめられて……ちゅって……あぁ、一瞬でしたが……とてつもなく頼もしい温もりと……ああ……ワタクシ……いや~~~~ん、ですわ~~♥♥♥」


「「…………?」」



 フォルトは顔を真っ赤にしながら「いやんいやん」としているが、その様子は満更でもなかった。


(びっくりしましたわ! シィーリアスさんがあのように女性に対してアグレッシブなスキンシップをされますとは……確かに、殿方の中で、女たらしのような軽薄な男はあのような行為をしていると思いますし、我が王国の貴族の中にも女にだらしない下賤な男たちは手当たり次第にという話も……でも、シィーリアスさんからはそんなことは全然感じませんでしたわ! そして何よりも、あの抱きしめられた時に感じた逞しさ……肉体が触れたときに伝わってきた、極限まで鍛え抜かれていると分からされましたわ……そんな逞しい体に抱きしめられて、あまつさえ、ちゅっ♥ なんて……いや~~~ん、シィーリアスさんってば、罪なぷれいぼーいですわぁ~♥)


 その様子に、言葉を失うシィーリアスとクルセイナ。


(でも、ワタクシも悪いのですわ~。だって、ワタクシのように天より二物どころか百物与えられているような完璧無敵無欠であるワタクシと近しい友達として親しくなってしまったら、我慢できなくなって手を出してしまうのは仕方のないこと♥ つまり、シィーリアスさんがワタクシに手を出したのは当然であり、むしろ手を出さないということはワタクシの魅力が無いという意味になって逆に無礼千万、いいえ、無礼千億万ですわ! あぁ、ワタクシってば何という罪な乙女ですのぉ~♪)


 だが、フォルトは一人別世界に旅立っており……


(これまで何人もの貴族や将来有望な殿方と出会うことはありましたが、それでも実際にこのワタクシを抱きしめてキスをするような方は初めて……それはワタクシの覇王の覇気やオーラやら身分に恐れをなして誰もが縮こまっていましたわ。しかしこの御方は違いましたわ! そして、それがこれまで出会ったすべての殿方の中でも最強の殿方! そう、シィーリアスさんのランクは恐らくS。ならば将来的には間違いなく帝国との争奪戦になりますわ。S以上のランクなど、世界でも数えるほど。Sランクが一人いるだけで国家の軍事力が変動するほど。しかも、シィーリアスさんはまだワタクシと同じ歳……今後も成長すれば、Sどころかして、SSランク……いえ、それどころかあの世界で唯一のSSSランクの称号を持った勇者たちにも匹敵するかもしれませんわ!)


 そして、多少混乱しながらもちゃっかりと打算も含めてシィーリアスとのことも頭をフル回転して考え……


(ワタクシの貞操もまた紛れもなく王国の宝であり貴重な財産ですわ。しかし、お兄様もいるゆえに王位の第一継承者でないワタクシのヴァージンを天秤に懸ければ……やはりSランクの人材一人の方が値打ちはありますわ! 本来ならお父様にも相談すべきことなのでしょうが……明日以降になればシィーリアスさんへの注目度が増し、近寄る者も増える……でも、今ならば……っていうか、もうそんなことどうでもよくなるぐらいシィーリアスさん……ポッ♥)


 でも、最終的には世間知らずなチョロい乙女の意識が上回ってしまい……



「シィーリアスさん」


「う、うむ……」


「責任……取っていただくしかありませんわ~♥」



 そして、たったそれだけで陥落してしまったフォルトは恋する乙女の表情でシィーリアスの胸にピトッと体を預けたのだった。



「な……せ、責任!? つまり、これはやはり君たちの国でも普通の文化ではなかったのか!? なんという……申し訳ない、フォルト! 僕はなんと勉強不足で世間知らずだったことか! これから一生君にハグもキスもしないことを約束し、その上で償いを――――」


「え? あ、いえいえ、構いませんわ~♥」


「え……?」


「ええ。シィーリアスさんの文化はワタクシも問題ありませんわ~。むしろ、ハグとキスはこれからもドンと来い、ですわ~♥」


「な、い、いいのか? 問題ないのか?」


「ですわ~。『ワタクシには』構わないということで……どんどんスキンシップして絆を深めますわ~♥」



 そして、なんとフォルトは顔を真っ赤にしながらも、シィーリアスの背中に腕を回して自らもハグした。


「ふぉ、フォルト姫ッ!?」


 もはや目の前で起こっていることに頭を抱えてよろめいてしまうクルセイナ。

 だが、そんなクルセイナや、置いてきぼりな店主を無視してフォルトとシィーリアスは……



「あ~ん、ワタクシの方から殿方に抱き着くなんて~、は・し・た・な・い、ですわ~。で・も、ん~、シィーリアスさ~ん♥ ん~♥」


「うむ!」


「≪*´ε`*≫チュッチュ」


「≪^ε^≫-☆Chu!!」



 と、フォルトは背伸びしてシィーリアスの頬にキス。シィーリアスもどうやら問題ないようだと、返礼のキスをした。

 そんな二人に……


「どわあああああああああああ、我慢できるかぁぁあ! シィーリアス、き、貴様ぁあ、フォルト姫を洗脳したのでは……い、いずれにせよ、許されよ、姫様! やはり私は我慢できませぬッ!」


 ついに我慢の限界を超えたクルセイナが二人を引き剥がすべく飛び掛かった。


 


――あとがき――

フォルトは色々と思惑やら野望やら策謀やらがありますが、恋愛に関してはポンコツチョロインです。

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