2・魔法学校①

 瞬間移動を終えると、二人は草花に覆われた石門の前に立っていた。辺りの明るさに驚き、うっと目を瞬かせる。

 階段を下りると、優兎ゆうとは緑草の中に足を踏み入れていた。見渡せばそこは、柔らかな草がさわさわとながるる草原地帯だった。瓦礫がれきが点在しているので一面の、とは言えないが、自然で溢れている。雲の流れ行く空を仰ぎながら、何気なく息を吸い込むと、空気がとても軽く、クリアである事に驚いた。


「ここは〈メア大陸〉じゃ。わしの学校はここより南西の方角にある島に建っておる。優兎君、そこにある別の魔法台に乗るぞ」


「は、はい」


 もう少しゆっくり風景を眺めていたいと思っていたが、仕方がない。少し離れた場所に見える、同じ屋根を目指して歩いて行く。と、その時草むらから綿毛のようなものがふわりとあちこちから沸き上がって、優兎はうわっ! と飛び上がった。


「おお、『トゥルニュケプト』がおったのか。大丈夫じゃぞ優兎君。その子らは無害じゃ。風に乗って旅をするのが好きな『魔物まもの』じゃよ」


「魔物?」


「魔法界に住まう特有の生き物という認識で良い。地球上に存在しないものはこれに属されるんじゃろう」


「ぴゃーーー!」と高音の合唱をして、フワフワと優兎の周りを飛び交うトゥルニュケプト達。小さくて可愛い目と鼻がついていて、触れてみると羽毛のような感触だった。魔法台へ歩いて行く間ずっとついてきて、いつの間にか衣服がモコモコだらけに。ここの世界と違う匂いでも放っているのだろうか? 魔法台の階段を踏みしめたと同時に強めの風が吹くと、トゥルニュケプト達は合唱しながら空の世界へと旅立って行った。


 赤みを帯びた光に包まれながらワープを終えると、木々の間に白い建物がチラついた。校長の後をついて行くうちに、思い描いていた学校のスケールではない事が知れる。


 校門の前に立ち、優兎が顔を上げると、驚きのあまり言葉を失ってしまった。そこは学校というより豪邸や国立の博物館・美術館と見間違える程の立派な建造物だった。手前の方には庭や噴水まで見られる。


 高い柵で挟まれた校門はアーチ状になっていて、このように書かれていた。


『フォークの持ち方を教えるように、闇夜には明かりが必要だと教えるように、普及すべき知識を一から教えさとす学び屋・クランシャリオ育成魔法学校』


(長っ!?)


 一度では暗記出来そうもない校名に引っ掛かりを覚えつつ、校門を開けて入り、庭を越えて校内へ。入ってまず目についたのは、床の、六芒星と光線状に広がる小さな円と読めない文字からなるサークル模様――度々目にしたこれが、この世界における魔法陣なのだと優兎は察した――を表した色鮮やかなモザイクアートだった。モザイクアートのそばには二十代くらいの女性が立っている。


「お帰りなさいませ。地球からの無事ご帰還、お疲れ様でした」


「おお、早いお出迎えじゃな。ありがたい」


「後ろにいらっしゃるのが、くだんの少年ですね?」


「そうじゃ。名は輝明優兎てるあきゆうと。ファーストネームは優兎君じゃ」


「なるほど、了解しました。私は学校の案内をうけたまわったチェリンカ・ブランドローと言います。よろしくお願いしますね」


 ペコリと礼をするチェリンカ。優兎も「こちらこそよろしくお願いします」と挨拶を返した。


 さて、ここで校長とは別れる事になっている。そこそこの長旅を共にしてきたので、胸には寂しさが灯った。


「では優兎君、また」


「はい、今日までお世話になりました!」


 シンプルな別れを済ませ、靴音をコツコツと言わせて行ってしまった。


「さあ、校内を案内します。私についてきて下さい」


 チェリンカは校長とは逆方向に進んで行った。


 学校の内装は高そうな絵が飾ってあったりだとかシャンデリアがぶら下がっていたりだとかはなく、なかなかに淡白な印象を受けた。外壁同様に壁は白くて、石畳の床はぼんやりと自分の姿が映る。天井は高く、窓も仰ぎ見る必要がある程だ。


 長い廊下には人がいない代わりに、見知らぬ生き物達が窓ふきや廊下の掃き掃除をしていた。顔はみんなそっくりで、体は小さく、くりっとした大きな目や大きな垂れ耳、それから角を持っている。小鬼こおにの類いだろうか?


「彼らはエルゥ。エルゥ族です。働き者で、主に校内の掃除や花壇の世話をしてもらっています。ああいったふうに、短距離を瞬間移動したり、物を浮かせて操ったりといった『無属性』の魔法を得意としているんです」


 過ぎ去る時にフワフワと浮いた布巾や掃除用具を指して説明する。なんだかエスパーみたいだ。


 チェリンカいわく、今の時間帯、生徒は皆授業を受けているそうだ。なので廊下に人気ひとけが少なく静かなのだという。

 優兎達は一階をぐるっと一周する。地球の学校にもあるような図書館と職員室の他に、中庭や食堂に売店、トレーニングホールなんて場所もある。優兎が世話になるであろう医務室の場所もしっかり教えてもらった。寮制の学校ということで、大浴場もあるそうだ。


「本校は屋上を含めて七階まであります。一階におおよその施設、二階に教室、三・四・五階が生徒達の個室、六階が職員の個室と客室――優兎さんの部屋はこの階ですね。最後に七階が屋上となっており、郵便物を扱う小屋があります。一応、非常用階段の案内もしますので、今回は案内がてら、階段を利用しましょう」


 チェリンカは丁寧で流れるように、校内の説明をしていく。今まで何度も案内役を担当してきたのだろう。


 しかし、流石に魔法界の外から来た者に案内をするのは慣れていないようだった。このミスが、後にある出会いを招く事になろうとは。


 ドアを開け、優兎達は階段を上り始める。七階まで繋がるその階段はとても長いものだった。段数がどれだけあるのか数えていた優兎だったが、そんな余裕があったのも最初のうちだけ。階段を上るとここに来るまでの疲労が一気にし掛かって来て、足取りを重くさせたのだ。

 元より体力のない優兎はあっという間にバテてしまう。生徒として学校に通うのではなく、保護目的と聞いていたチェリンカは、七階まで一気に上った後に部屋を案内しようとしていた。だがゼーゼーとやたら息を切らせる優兎を見かねて「少し授業の様子も見て行きますか?」と休憩の意味も含めて聞くと、彼は少し元気になってお願いしてきた。


 内部を見通せる窓からそっと覗き込むと、なかなか広い教室のようだった。生徒達の机がある場所は段々になっている。日本の学校の一クラス分よりは生徒数が少しだけ多く、小学生くらいの若い子が目立つかもしれない。


「一年生の教室です。文字の読み書きや遊びの中で魔法を使い、慣れる事から始めます」


「二年生の教室です。一般常識や歴史等、魔法界への見識を広めてもらう他、適切な力の使い方、危機的状況に陥った時の対処法を学びます」


「三年生の教室です。チーム戦や一対一など様々なパターンへの対応力を身に付けます。あとは自主学習の時間を取り、理解出来ていないところを補う機会をもうけたり、教師付き添いで校外学習も行います」


「残留組の教室です。卒業試験に落ちてしまった生徒や、もう一年勉強をしていきたいと望む生徒達がここに集まります。勉強内容は自主学習の延長ですね。どちらかといえば後者の生徒が多いです」


「それから――」と言いかけて、チェリンカは次の階に参りましょう、ときびすを返した。


 七階の紹介をはぶき、そのまま部屋に直行する事になった――理由は明白だ――優兎達。


「この部屋が優兎さんの部屋です。医師の部屋もこの階にありますので、夜に何かあった際は魔法台近くの部屋割り地図と名前プレートを参考に、そちらを尋ねて下さい」 チェリンカは部屋の鍵と校内の地図を渡した。


「それでは私はこれで。……えっと、お疲れ様でした」


 やや労をねぎら素振そぶりを見せて、チェリンカは立ち去って行った。優兎は申しわけない気持ちになりつつ、『ユウト・テルアキ』とプレートが差し込んである部屋へ入った。


 部屋もまたシンプルで、思っていたより広かった。ベッドや勉強机・クローゼットは生徒達の個室にも用意されているらしいのだが、客室であるこの部屋にはその他に、トイレとバスルームもついていた。

 段々気分が高まってきた優兎はショルダーバッグをベッドに置くと、薄手と厚手の二重カーテンを開けて、ベランダに出てみた。校門を抜けた際に見た庭の全貌と、遥か遠くには海らしき青が見える。風がやわらかくて気持ちがいい。曇り空でなかったら、もっと素晴らしい景色だったろう。


 勉強机はこじんまりとしているが、ライティングビューローのようなタイプで、引き出しや収納スペースが多く、優兎は一発で気に入った。機能美ってやつだ。客室にはこんなのは置かれていないだろうから、恐らく優兎向けに少し部屋をいじっていると思われる。


 机の上にはメモ書きが貼付けてあった。


『部屋は気に入ってくれたかな? 七時頃に夕食を運んで行くよう頼んでおくので、食事の心配もしなくて良いぞ。  コーネリアル・バーキン』


「うーん……ここまで至れり尽くせりだと、何だかなあ」


 手厚い待遇に、改めて自分は病人扱いなんだな……と苦々しく思った。事実そうであるが、せっかく異世界に来たのに、と思うと好奇心がむくむく沸き立ってくる。


「えーっと、一階に図書館があったよなあ。あんまり一人でうろちょろするのは良くないけど、暇だし、図書館くらいだったら別に行ってもいいよね、うん」


 校長に聞き出せなかった事もいっぱいある。魔物やエルゥ族の事。他にどんな種族が住んでいるのか。エルフや妖精に似た種族はいるだろうか?

 光の魔法の他に、無属性なる魔法が存在している事を知った。魔法に属性があるのだろうか? 光の魔法使いと自分を断定していたが、一人一つの魔法と決まっているのだろうか。なら、校長はどうして多種多様の魔法が使えたのか。

 この世界へ飛んだ時、校長は〈メア大陸〉と言った。他にも大陸があるのだろうか。どんな形の世界地図が知れ渡っているのか……ああ、考えているだけでワクワクしてきた!


 優兎は逸る気持ちを胸に、部屋を飛び出した。

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