1・魔法台を目指して②

(流れるままについてきたけど、まさか『東京』にたどり着くとは……)


 ようやく長旅から解放され駅のホームを出ると、空はもう真っ暗で、しかしそれにしては賑やかな光や音の刺激に驚かされた。夜に出歩くなんて滅多になかったし、お祭りでもやっているかのようなこのにぎわいにも耐性がない。なんとなく場に取り残されたような気がして、落ち着かない気分になってくる。優兎(ゆうと)にとっては日本における異世界だと思えた。校長の方がよっぽど楽しそうで、場慣れしていそうな様子で歩いていた。クモの巣のような地図にも捕われる事なく、スイスイと進んで行く。


 その内、建物の合間から目にも鮮やかな緋色のタワーが見えるようになった。


「あれはいつ見ても綺麗じゃのう。優兎君、もうすぐ目的地じゃぞ」


「もしかして、『東京タワー』に魔法台があるんですか?」


「そこに、ではないが、近場にある。赤くて高くて観光地として知られている。つまり人に尋ねやすく交通網が発達しておる。夜の目印としても良い。魔法界の者にとって実に分かりやすい建物じゃよ」


 そうして大通りから少し外れた場所に立ち入ると、とある大きなお店にたどり着いた。〈ファンシック〉――そう看板に書かれている。明かりがついているのでまだ営業中のようだ。


「〈ファンシック〉? あっ! 僕、知ってますこのお店! シーズングッズや服を売ってるところだ」


 春には薄手の服やピクニックにピッタリなお出かけグッズを、夏は水着や浮き輪・帽子等を、秋はハロウィンの仮装、冬はクリスマス用の仮装とパーティグッズをといったふうに、季節ごとに品を変えて売っている場所だった。

 実際に行った事はないが、ハロウィンやクリスマスの時期にテレビで紹介されているのを見た事があった。大々的にCMでアピールはしていないものの、それでも日本に何店舗か展開されていると記憶している。改めて見るとその名の通り、ファンシーでカラフルな色使いの、人好きの良さげな外装だ。


 暗さに慣れてしまった目を細めながら店内に入ると、「いらっしゃいませ!」という音声が降ってきて、着ぐるみを着た従業員が手を振ってくれた。わっ! これテレビで見た光景だ!


 春の時期だからか着ぐるみも動物でまとまっていた。花冠はなかんむりを被ったウサギや舌を出したお茶目な顔の犬、キャンディーを背中にくっつけたブチ猫に、口にクローバーをくわえた青い鳥、模様の部分が青・赤・黄色のカラフルなパンダ……その中にちょっと浮いている、王冠おうかんをちょこんと乗せたかぼちゃ頭の子。そうそう、この子は年中ハロウィンの装いなんだっけ。

 ウサギと犬の従業員がこちらにやってくると、優兎の手を握ってきたり、お尻でどついたりしてきて、パークのマスコットキャラクターさながらのフレンドリーさを見せた。


 優兎が少し遊ばれている最中、校長はカウンターの方で着ぐるみ姿ではない女性と話をしていた。何か買い物をしているのかと思っていると、突然、


「優兎君、観光の記念に写真を撮って行こう」


 なんて言い出した。


「え!?」


「なんじゃ、撮影ルームがあるのは知らんかったかの?」


「いや、流石に理解が……ええ?」


 さあさあと、頭の整理がつかないうちに、優兎はウサギと犬の従業員に連れられて「撮影ルーム」と書かれたドアに案内されてしまった。


 しかし、校長は本当に撮影するつもりなどなかった。撮影ルームまでの道のりに「スタッフ専用」のドアがあって、校長はそこの鍵を開けて入って行った。

 奥にはだいだいの明かりに照らされた、地下へと続く階段があった。


(ああ、なるほど。カモフラージュってことか……)


「ほっほっほ、いや、度々たびたび驚かせてすまないね」


「ははは……でも、今まで魔法界の存在が知られずにいた理由が分かったような気がします」


 背後を振り向くと、従業員二人が手を振って去って行くのが見えた。優兎は階段を下りながらあの人達も魔法界の住人なのだろうなと思った。


 階段を下り終わり、ドアを開けると、そこはちょっとした地下街が広がっていた。木造や石作りの建物がいくらか並んでいて、大人が荷物を運んでいたり、子供達が駆け回っている。ここはどういった場所なのだろう? 疑問は解消されぬまま、優兎達は一番奥まった場所にある建物に入って行った。そこもまたお店のような内装で、棚には本や食料、液体の入った瓶、ドアが開きっぱなしの奥の部屋には衣服と試着室が見え、壁にはポーチやリュックサックなどの鞄類がかかっている。校長はこの場所を両替所、けん、旅行用品店であると説明した。

 カウンターには歳のいった男がおり、小さなテレビで野球を見ていた。


「おおっと、これはバーキン殿。お早いお帰りで」


 テレビに向いていたイスを正しながら、男は言う。


「ふむ、用は済んだ。魔法台を使わせてもらうぞ」 校長はスタッフルームに入る時に使用した鍵を返した。


「と、その前に学校への連絡用に手紙を書かせてもらいたい。その間、この子に翻訳のまじないをほどこしてやってくれんかね」


「翻訳? するってーと、この子は地球のもんかい?」


「ふむ。とりあえず今は簡易的な魔法で済ませておる。だからここで正式に入れてほしい」


「……なるほど、どうやら訳ありのようだ。――よし坊主、ちょっと待っていろ。今、人を寄越してやる」


 どこからか受話器を取り出すと、誰かと連絡を取り始めた。しばらくすると店のドアが開いて、かぼちゃ頭のかぶり物を被った子が入ってきた。


「! 君は上のお店にいた――うわっ!」


 ぐいと腕を掴まれ、店内のかどに引っ張られる。そこは大きな収納棚があるところだ。引き出しが沢山ある。


「腕。袖巻くっておいて」


 胸の名札に「カペラ」と書かれているかぼちゃ頭の子に、テーブルにつくよう促される。カペラがハンドルを回すと、周囲の柵と一緒に床が迫り上がっていった。


 上段の鍵付きガラスケースから、カペラは瓶を取り出し、テーブルへ運んだ。瓶の中の液体は青黒く、ラメのようなものがキラキラとうごめいている。


『魔法界語を理解し、使いこなす事が出来る』


 ペンを瓶口びんぐちに突き刺し吸引すると、縁取り模様がある、コースターサイズの丸型用紙にこんな事を書いて、優兎の腕に押し当てた。その瞬間、カペラの腕にぶわっと青いカビのようなシミが浮かび上がった。


「その腕……」


「ビックリした? でもすぐに収まるから平気」 カペラはやや気恥ずかしげに袖の布を引っ張って、腕を隠そうとした。


「このインク、魔力が濃縮されたもの。これで魔法界語が自動的にここの言語に翻訳されるまじないを刻んだの。でも、効力が切れるのは早くて三ヶ月とかそんなもんだよ。別の魔法を入れてるってことだから、だんだんあなたの魔力にかき消されて薄れていっちゃうの」


「そうなんだ、ありがとう」


「うん」


「……ハロウィン、好き?」


「……うん。一番楽しみにしてるシーズン」


 紙をがすと腕に文字が転写されていて、焼き付くように見えなくなった。


 校長側と優兎側、両者の用事が済むと、二人はカウンター横の通路へ通された。左側のドアを開けると、石垣の部屋の中にドーム状の石門が現れた。近付くとうっすら光を灯す。石門の狭間には得体のしれない揺らぎがあり、怪しい二人組と戦った際に出現したサークルと同じ、六芒星の描かれた文様が金の色で刻まれている。――これがきっと、魔法台と呼ばれるものなんだ。優兎は胸が高鳴るのを感じた。


「さあ優兎君、共にくぐろうではないか」


 中央に並んで立ち、校長が「魔法界へ!」と声を上げると、模様は一層の光を放った。――こうして優兎は生まれ育った星を離れ、夢にまで見た異世界入りする事になったのだった。



——1・魔法台を目指して 終——

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