2・魔法学校②

「一階へ!」


 しーん……。


「図書館へ!」


 しーん……。


「えー? やっぱりダメか。他に何て言ったらいいんだ?」


 優兎ゆうとは図書館――にはたどり着いておらず、まだ六階で四苦八苦していた。魔法台の模様を眺めながら頭をかく。これまでのように階数や目的地の場所を叫べば良いものだと、疑いもしていなかったのだが、魔法台はさっぱり動く気配を見せなかった。


「こんなところでつまずいてどうするんだよ僕……。まだ学校は終わってないだろうし、話が聞けそうな人も、この階にはいないぞきっと」


 そもそも今まで見て来た魔法台と違う。門のようになっていないし、中央には見たこともない球体と台もある。使い方が違うのだろうか? 優兎は魔法台の上に座ってうーんと考え込む。すると、を思い出して、苦い顔をした。


「――ここを、今度は降りなきゃいけないのか。嫌だなあ。でも、仕方ないか」


 先の知れない非常用階段を見て溜息をついた。今は一人であるからマイペースでいい。が、降りるのもまた一苦労だ。しょっちゅう手すりに体重を乗せて、休憩を挟んだ。


「い、一階についた、ら……ゼー、ハァー、まほ、台の使い方、教えてもらわないと……」


 恥ずかしい気持ちを押し殺さねば。帰りの事を考えるとゾッとする。時に励まし、時に疲労を吐き出しながら優兎は階段を下りて行った。

 そんな調子なのだから、『一階』の札が見えた時は神々しく光って見えて。


(こ、ここまで来たら、もう一気に駆け抜けていっちゃおう!)


 思考がバカになっていた優兎は「あーーーーーッ!」と気合いを入れながら最後の階を駆け抜けた。律儀に一段ずつ降りていたのが、勢いづいて二段ずつ飛び越えていくようになる。そして衝突する覚悟で、明かりの漏れ出すドアのノブに手を伸ばした。


 ごっつんッ!


「ぎゃあッ!」


「いってぇッ!?」


 ノブに手をかける前にドアが開き、現れた少年と衝突してしまった。廊下に優兎と、ぶつかった少年がたおす。


「――あー、くそ、痛ぇ……」 少年はゆらりと上半身を起こす。


「うわっ、ちょっとアニキ、大丈夫?」 後から一人、彼の知り合いらしき少年までやってきた。


「うぐぅ、す、すみません……」


 どうしようどうしよう、やってしまった! 周りでなんだなんだとざわつく声を浴び、派手にぶつけた頭を抑えながら優兎も体を起こした。薄ら涙を浮かべた目で相手を見て、優兎は息を呑んだ。――赤い髪! 見事なまでに真っ赤だ! 長い髪を後ろで束ねている。


 ぶつかった少年は、その目も上着のベストも髪同様に燃えるような色だった。長ズボンには宝石みたいな石をあしらったベルトで腰を締め付けている。首元にキラリと光ったものがあると思えば、それは銀色のプレートのついたチョーカーだった。

 もう一人の少年は赤髪の少年よりは歳が若く見え、あちこち跳ねた髪は栗色。大きな目は新緑のような色で、どこか幼さがある。白のサスペンダーズボンに深緑の七分袖しちぶたけやスカーフ、緑のヘアバンドを合わせた格好をしていた。


 赤髪の少年は立ち上がると、鋭い目付きで優兎を見下ろした。――おお、おお……、結構背が高い。高所からの視線が突き刺さる。


 威圧を感じた優兎は絶対怒られる! とおびえた。が、実際に降ってきたのは別の言葉だった。


「大丈夫か、お前」


「……へ?」


 今、心配された? 優兎がポカンとしていると、「ほら立てよ」と助け起こされた。


「非常階段の方から誰かが変な叫び声を上げて降りてくるんだもんな。つい開けちまったよ。お前一体何をして――」


「アニキ、それより教室行かないと。席についてないとまたうるさく言われるよ」


「んー? 平気だ平気。リブラ先生トロいからな。気にしなくていいだろ」


「いや、先生にってわけじゃなくてさ。ほら行こう」


 二人はその場を立ち去ろうとする。好奇の目を向けていた周囲も、日常に戻ったように動き始めている。

 ただ一人、異常の世界に取り残された優兎はハッとした。


「ま、待って!」 優兎はグワシッとベストの赤を掴んだ。「まほーだいの使い方、お"しえ"てほじいですッ!」


 後から二人に聞いた話だが、この時の優兎の目は血走っていたそうだ。





 親切そうな二人にくっついて行く優兎。ちょうど二人も魔法台を経由して教室に向かおうとしていたらしい。どうにか教えてもらうチャンスを得たようだ。


「オレの名はアッシュ。アッシュ・ヴォルケニック。よろしくな」 赤髪の少年は手を差し伸べ、握手すると痛いくらいにブンブンと振った。


「俺はジール・ブレード」 と、ヘアバンドの少年。「あんまりかしこまらないでいいから。で、優兎って言ったっけ。珍しいね、今時いまどき魔法台の使い方を知らないなんてさ」


「だよなあ。お前何者だよ。種族は?」


「え? 種族? 人間……でいいのかな、ヒューマンとかじゃなくて」


曖昧あいまいだね」


「えっと、まだここに来たばかりで、その――」


 一瞬身元を明かしていいものなのか考えたが、地球人である事は隠さなければならないとは言われていなかったはずだ。


「――僕、地球人なんだ」


「「地球人ローディアス!?」」


 代わる代わる質問されていたが、ここでぴったりと重なった。そして互いに合点がいったような顔をする。


「ここまでどうやってきたのさ。魔法台は使わなかった?」 ジールが尋ねた。


「使ってたんだけど、真似して階数や目的地を叫んでも反応しなくて」


「反応しない? ――ああそっか! ひょっとして上り用と下り用の区別がつかなかったとか?」


「上り用と下り用!?」


「階ごとに二つ、魔法台がセットで並んでるんだけど、あれ、別に混雑を軽減させるためじゃないから。同じものを使ったら、飛んだ先に人がいた場合ぶつかっちゃうし。だから一方に制限されてるし、先に使おうとしてる人がいれば反応しないようになってる」


 なるほど、そういう事だったのか……! 優兎は額に手をやった。


「まあ、区別がついていたとしても、地球へ飛ぶような魔法台とはちょっと違うんだけどね」


 ジールは魔法台の中央で回っている球体と輪っかの浮いた台を指差した。


 使い方を教える為に、人気がある程度なくなるまで待ってから三人は動き出した。


「こういう球体の装置がついてるものは、古代人の遺物を参考に製作されたもの。一つの魔法台で往来出来るものと比べると、こっちは劣化版になるから、似てるようで勝手が違う。球体の色が青く、動きがゆったりであれば、使っても大丈夫な状態。色がピンクっぽい赤で動きが激しければ、順番待ち、あるいは移動に必要な魔力を溜めてる最中だから、ちょっと待ってろって合図」


「今は赤だね」


「授業で移動する人も多いだろうしね。あ、ほら青になった」


 球体が青になると同時に、魔法台の模様がきらめいた。


「これで使える状態になった。後は階数を叫ぶだけ」


「『二階へ』!」


「ちょ、アニキ……」


 アッシュの声に反応した魔法台は光を増して、二階へと運んだ。


「魔法台を使う際はなるべく手早く済ませる事。迷惑だし、あんまり長くそこにいると警報が鳴る。上りと下りの区別は、魔法台の屋根の方か近場に必ず書いてあるよ。――と、こんなもんでいいかな。一人で使ってみる?」


「あ、うん!」


 優兎は下り用の魔法台へ移動した。球体が青色である事を確認して、「一階へ!」と声を上げる。すると本当に周囲の景色が先ほどまでいた場所と同じになって、優兎は感激した。


「ありがとうございました! すごく助かりました!」


 戻ってきた優兎は二人に頭を下げた。嬉しくて思わず敬語を付けてしまっている。アッシュとジールは互いに視線を交わす。


「何か、こんな事で礼言われんのも変な気分だな」


「アニキは何も説明してなかったよね」


「さすがオレの子分だ。ご苦労!」


「はあ……」


 ジールは肩を落とした。どうにもこの二人、距離は近いものの友達同士というには少し違った雰囲気だ。


「わざわざ僕の為に、時間を取ってくれて感謝してます。それじゃあ僕はここで」 優兎は立ち去ろうとする。


「優兎、教室はそっちじゃねえぞ?」 アッシュは待ったをかけた。


「ああ、僕は別にこの学校の生徒じゃないんだ」


「?」


「図書館に行くつもりだったんだ。暇だから。……で、魔法台の使い方が分からなくって、六階からずっと降りてきたんだ。あはは……」


 優兎が頬をかくと、目の前の二人はまた目配せする。そしてニヤリと笑ったかと思うと、優兎の背後に回り込んでぐいぐいと前へ押し出すのだった。

 当然優兎は戸惑った。


「え? え? え??」


「ジール、連行だ」


「罪状は?」


「んなもん知るか。こいつなんか面白そうだ」


「はいはい、教室へごあんなーい」


「えええええ!?」



——2・魔法学校 終——

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