S級冒険者エルフの感想
サーシャスカ・サブーリンの名前を知らない冒険者は居ない。
一年と経たずにS級冒険者になった騎士であり、今ではそれこそ月の騎士と名を馳せているが冒険者の中では伝説の冒険者としての名が強い。
そして今、私はその伝説に挑んでいる。
老木の様にただただあるを体現し、隙は無く、まるで大河の様に穏やかだ。同じランク故にわかるその強さ。
最初目をつけた《サーシャ》と名乗ったサブーリンの偽物は精巧に作られたゴーレムだった。途中より戦い方がガラッと変わったがそれでも私が勝てた。
しかし、今、目の前にいる彼女はゴーレムにあった無機質な警戒や関心はない。
「来ないのー?」
魔力の奔流を放っても易々と躱されるだろう。当てられる想像が出来ない。魔術は想像だ。それが出来ないとそこに付け込まれて、負ける。
「行かない。
貴女には私の技は通用しない」
「あ、そう」
そう、と言う彼女の気配が消える。魔力感知にも反応しない。しかし、目の前にいる。目の前にいるのに感知出来ない。
野生動物やプロの殺し屋、熟練の魔術師の様な上手い気配消しだ。
気配消しとは体から放出される魔力も絞らねばならない。ここまで完璧な気配消しは私でもまだ片手程しか見た事がない。
「やはり貴女は異質」
「君もねー」
彼女の攻撃は全部気。敢えて私の動きを見るかの様に動きを放って来る。私はそれを防ぐように奔流を放てる様に動く。彼女は満足した様に左右に少し動いたり、その場にしゃがんでみたり。
全ての動作が隙だらけに見えて、全部誘いなのだ。
剣士がよく言う《後の先》と言う物をとりに来る。そして、それが非常に分かりやすくも魅力的な誘いなのだ。
まるで滝だ。瀑布だ。大瀑布だ。圧倒されてしまう。火山の様な圧倒的な暴力や恐怖を感じさせる事なく、それでいてどうしょうもない迫力と威圧、底知れぬ恐怖が私の前に立っている。
私の強みはエルフと年齢に比例する経験と技術だ。しかし、私の技術は彼女に通じる術が無いと分かる程に彼女は異質だ。
私の真似をして構えてみたと思ったら何やらそれを解いて柔軟運動をしてみたり、肩甲骨を回してみたりと、気ままに動く。まさに草原の風である。穏やかで、気まま。
私にはどうしようもない。
魔力を練る。魔力を練って練って、練った先の避ける云々の問題では無いほどに太い奔流を出すしかない。
木が折れないなら、折れるだけの質量をぶつけるしかない。
「おー、なんかする気だなー?
良いぞ、シャルマ。自分に出来る事をやるだ。お前の為に、私は待ってやろう。私の身長を超えるあの魔力のビームを放つには、どのくらい掛かる?」
見破られていた。衝撃を受ける。
「何故、止めない」
「何故?
そりゃ、愚問ってものだろうシャルマ」
彼女は笑った。
「お前はもう負けている」
否定出来ない。
「故に、勝者たる私はお前の考えた案を見てみたいのだ、後学の為に」
さぁ、丁寧に、素早く、そして濃く。そうサブーリンは告げると私の前で武器を置き胡座をかいて、頬杖を突く。
周りは大ブーイング。さっさと戦えと。彼等は何も分かっていない。勝敗はついている。
「月の騎士殿!それは「構わない。私は既に負けた。故に彼女が私に情けをかけてくれた。
あと10分待って」
「任せろ」
サブーリンはじっと私を見ている。周りの雑音には一切気を払わず、私の瞳しか見ていない。凄い人だ。異質ではあるが、確実に我々と同じS級を保有するに相応しい器量の持ち主だ。
私と彼女の無言の対話は10分続く。
「用意出来た」
「よし、じゃ、見せて貰おうかな」
サブーリンは立ち上がり、傍に置いた愛刀たる月血斬血を手に取る。そして、さぁ、撃てと言わんばかりに両手を広げる。
私はそんな彼女の中心線に向けてかつて無い速さで奔流を放つ。練りに練った魔力の奔流は、私の体内から一気に魔力を奪う。意識をしっかり保ち、魔力を流し続けなければ、気を失いそうになる。それ程に溜め込んだ魔力を彼女は正面から受けた。多分、死んだ筈だ。
「あっぶねー
これは死ぬ」
そんな声が横からする。目だけ動かすと、そこにはサブーリンがヘラヘラ笑いながら立っていた。
「え、何で?」
「何でって、不死身だけど死にたくは無いから避けちった。
死ぬのは痛いモン」
そう言うことではない。何故、避けられるのか、と言うことだ。痛そうだから、と軽い調子で避けられるなら誰も苦労しない。
「いやー多分あれ避けれるの、大分限られるねー」
サブーリンは凄い凄いと笑っている。私はその賞賛を全て聞き終える前に意識を手放した。
次に目を覚ましたのは医務室らしき場所のベッドの上だった。
私は勝負にも試合にも負けたのだ。化け物とは彼女の様な存在を指して使う言葉なのだろう。放たれた奔流を見て痛いモン、で避けられる訳がない。
彼女と私の距離なら1秒と掛からずに到達する。現に私の位置から競技場の壁まで3秒ほどで到達していた。
「異質」
魔力不足で痛む頭を抑えつつ、ベッドから立ち上がる。
仕切りのカーテンを開けると、貴賓席に居た吸血鬼が座って本を読んでいた。
「あら、起きましたわ。
体調は如何?」
「頭が痛い」
「典型的な魔力不足ですわね。
食事をなさい」
吸血鬼はそう言うと机の上に置いたベルを鳴らした。すると直ぐに召使がやって来て、ご用件は?と。
「この方に食事を。
後、サーシャを呼んで来て」
吸血鬼はそう言う告げると私に座る様告げた。
「貴女、エルフよね?」
「そう。私はエルフ」
「なら、何故あの様な下品な技を使うので?」
吸血鬼は楽しそうに私を見た。
「下品、とは?」
「魔力をそのままぶつけるなんて、とんでも無く下品よ?
冒険者なんて犯罪者まがいな事をしているからそんな下品になってしまうの?」
とんでもない偏見だ、とは憤慨出来ない。
エルフや吸血鬼の様な魔術に長けた存在は基本的に私の得意な魔力の奔流のような物は使わない。
「貴女に言っても理解して貰えない」
「当たり前ですわ?
私、別に貴女を理解したいとは思いませんもの。この質問も暇潰しですわ。私、貴女に対してこれっぽっちも興味ありませんし」
吸血鬼は非常にプライドが高い。自分本位と言うか、話していても人間が犬猫に接する様な興味しか無い。
現に今もオホホホと笑いながら手にした扇子で口元を隠している。吸血鬼の中でも更に上位。神祖の吸血鬼なのだろう。
「私も貴女に質問がある」
「良いわよ。特別に許してあげるわ」
楽しそうに笑っている。
「何故、神祖の吸血鬼が月の騎士といえどもたかが人間の女一人に従順に従っているの?」
吸血鬼は高笑いを始めた。
それはもう、子供の頃に聞かされた魔王の片腕たる神祖の吸血鬼を思い起こすかの如く。
「貴女には理解出来ないわ」
一頻り笑われた後、吸血鬼はそう告げた。
その瞳は私を馬鹿にした様な瞳だった。
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