とある冒険者ギルドマスターの感想
季節外れの冒険者志願者はちょっとした話しの種になる。と、言うのも冒険者ギルドでは春先に一番多くの冒険者が来る。それを過ぎるとほとんど来なくなるのは、冒険者という存在を育成するための学校が大体春先に卒業を迎えるからだ。
そして、そんな時期をずらして希望を出してくる奴は大なり小なり噂になる。今回は何処ぞの貴族のお嬢様とその護衛がやって来たそうな。
なので何か失礼があったら俺が出る。ギルドマスターの仕事の一つだ。
「初めましてお嬢様」
別室に待たせた二人、メイドというより騎士と言った風格の護衛とそのお嬢様。お嬢様は中々良い格好だ。かなりの金持ちだ。
何処の家族だ?
「本日はどの様な用件でしょうか?」
「私ではありませんわ!」
開口一番お嬢様はそう告げる。なので、隣にいるお嬢様の護衛を見る。
「あー、冒険者に登録したいのでーはい」
お嬢様の護衛はやる気が無いというレベルでは無い程にやる気が無い、覇気のない声だった。
「なるほど、登録には身分証明が出来るもの、簡単な試合をして貰う」
「身分証明はー……」
護衛が何かあるか?と言わんばかりに体を弄ろうとしたので、それを止める。どうせ何処ぞの大貴族の馬鹿娘だろう。そんな物後で良い。
「先ずは手合わせを……」
護衛は丸腰だった。いや、腰にダガーを付けているだけだ。
「あー、良いですよー
何処でやります?」
裏の訓練場でやると告げると了解でーすとやる気のない声。大丈夫か?とお嬢様を見るもお嬢様はニコニコ笑って護衛を見ているだけだ。
2人を連れて一階に。
「新人の手合わせだ。
やりたい奴」
飲んだくれってる冒険者にしか見えないが全員がある程度の腕がある。
「あー?その男みてーな女か?」
「顔だけは良い女だな!
胸と背が残念だ」
口の悪い連中。お嬢様方を見るとお嬢様が文句を言おうと前に出ようとして護衛に抑えられる。
「どうせなら一番強い奴とやりたいですねー
此処にいる酔っ払いなんかよりもー」
護衛が俺を見る。
「口と見てくれは悪いが彼奴等も中堅だぞ」
「あのいかにも雑魚そうな連中が?」
護衛は鼻で笑う。
「まぁ、目隠しして素手でも十分か」
護衛はそう告げるとお嬢様の方が頑張って!と勝つのが当然と言わんばかりに応援する気のない声援を送り、目隠しをした。
あまりにも舐めすぎている。
「このアマ!」
俺が止めるより早く座っていた冒険者、泉の剣のリーダーであるブルッケンが鞘から剣を抜かずに殴り掛かる。
ギルド内では剣を抜くのは御法度だ。なので、剣は鞘ごと、ハンマーや斧はホルダー越しに殴る。
だが、まぁ、護衛にも少し痛い目を見て貰おう。それを通じてお嬢様のお遊びを戒めて貰うしかない。
ブルッケンの剣は酔っていても確りと正中を捉えていた。振り下ろされる剣は護衛の頭部を確実に捉えていたのだが、次の瞬間、護衛が半身を引くと同時にブルッケンの腕を掴む。
そして、ブルッケンの力をそのまま使って放り投げ、向かい席のテーブルを叩き壊した。
「あちょー」
護衛はそんなやる気の無い掛け声と共に極東の格闘家が取る様なポーズを取ってみせた。
「このヤロッ!!」
それを見た泉の剣のメンバー達が次々に殴りかかるものの、全て一撃の名の下にやられてしまう。
護衛は暫く仁王立ちして、まるで周囲が見えてるかの様に睥睨する。そして、目隠しを外してみせた。
「酔っ払いなんて、所詮こんな物なのでー」
護衛はこんな連中が相手になるわけ無いと笑って言った所で入り口が開く。見るとSランクのパーティー、バーガディーの連中だった。
「あらあら、どないしたん?」
鬼族のシュテンが倒れている泉の剣の連中を見る。長さが2メートル近い刀を武器にしているSランク冒険者である。
「あら、魔族の方ですわ」
「ねー
鬼族とは戦った事ないなぁー」
強いのかな?と護衛がお嬢様とそんな会話をしている。
「アンタさん、強いんねぇー」
「えーまー強いです」
護衛はそう笑うと両手を広げて見せる。
「腕試しをしたいと言われてそこの寝ている酔っ払いでどうか?と言われましてー
アップにもならないと言ったらこうなりましてー」
はい、と護衛は笑う。
「貴女、サーシャの相手して貰えないかしら?
貴女達種族は頑丈と聞きますし、サーシャが本気で戦っても死にませんわよね?」
お嬢様は名案を思い付いたという屈託のない笑みを浮かべる。
「ちょっと待てよ。
俺達は今依頼を終えて帰ってきたばかりだぞ」
「しかも、途中でゴートデーモンも見かけた」
「何!?」
おい、と奥の連中を呼び詳しく説明を聞かせて貰う事にする。
「ゴートデーモン、山羊頭の悪魔でしたっけ?」
「あー、アイツ」
呑気なお嬢様方はそんな話をしはじめる。
「アイツ、すげー力なんよねー
開始5分位で剣折れちゃってー」
「聞きましたわ!
王立軍の軍勢1万の命を一身に背負い、襲いくるゴートデーモンとその僕達!」
お嬢様は突然朗々と歌い出す。聞いたことのある歌、と言うか王国最強の騎士サブーリンの歌だ。
突然始まった歌に酔っ払いどもはすぐに気分良く合いの手を入れ、暇をしていた楽団の連中も音楽を付ける。
護衛はそんなお嬢様の歌を聴きながら嘘ばっかじゃんと笑っていた。
「おいお前!」
そして、歌を否定ばかりする護衛の言葉に耐えかねた1人が声を荒げた。コイツはバーガディーの妖術師であるテンコだ。
獣人の中でも特に魔力が膨大で知恵も高い狐人である。そして、数年前から流行っている近衛騎士サブーリンを崇拝している。
「先程から聞いていればサブーリン様を侮辱ばかりしあって!
もう我慢ならん!サブーリン様に代わってワシがボコボコにしてやる!」
序でに冒険者として腕も見てやると言い出し、歩き出す。護衛は笑いながらその後について行くので、詳しい報告は部下に任せて2人を追う。
「お待ちになって!」
お嬢様も慌てて俺の隣を。
「あの方よりも鬼族の方にして下さいな。
あの狐の方、怪我してしまいますわよ」
「大丈夫ですよ、危なくなったら止めるので」
訓練場に着くと、テンコは左手に小太刀、右手に呪符と呼ばれる札を構えた。
「武器を抜け!」
護衛は周りを見回し、それから俺の腰にある剣を引き抜くと軽く振った。
「まーこれで良いかー」
「相手は呪術師の方ですわ!
手加減して下さいまし!」
お嬢様は心配そうに護衛に告げると護衛はわかってるってとハラハラ笑っていた。
「舐めるでない!
全力で来い!!」
「あー……じゃあ、全力出させて下さい」
舐めプと言うのはこう言うことを言うのだろう。この護衛はかなり強いが、相手は知略謀略に長けた獣人の狐人族だ。妖狐と言う狐人の中でもトップクラスの腕を持つテンコ相手に、それは不味い。
「マスター!」
「危なくなった止めるからな!」
宣言してから2人の間に。
テンコは殺気丸出しで護衛を睨み、護衛は俺の剣をしげしげと眺めている。
「はじめ!」
そう宣言すると同時にテンコが祝詞を唱え出す。護衛は何をするでもなく、そんなテンコを珍しそうに眺めていた。
テンコは仕掛けて来ない護衛を見るといつもよりも更に長い祝詞に切り替える。そして、祝詞が終わると同時に手にしていた札3枚を前方に投げると、札が青白く燃え上がりその炎で狐を作り上げた。
神獣と呼ばれる技だ。
「すげー、燃えてる狐だー」
護衛がパチパチと拍手をすると同時に、狐達が護衛に向かって襲い掛かる。
勝負あったな、そう思った矢先だった。
「あーやっぱり」
護衛が呑気そうな声で狐達の頭部にある札を切り裂いていた。
狐達は姿を保てず瓦解して消えてしまったではないか。
「あの速さ、あの数を一瞬で切ったのか!?」
見学者の誰かが叫ぶ。
「何じゃと!?」
一番驚いていたのはテンコ自身だ。
「はー、剣も傷が付かないですねぇー」
護衛は剣を確認する。焦げ跡などもない。
「何で燃えたんだろー?
妖術すげー」
ハッハッハッと護衛は笑いだした。
「魔術師と大して変わらんのか。
君、首跳ねたら死ぬ?腕切り落としたら生えてくる?」
そんな恐ろしい事を言い出した。
「な訳なかろう!」
「そっかーじゃあ、まぁ、そろそろお腹すいたのでー
カッコいい所でも、見せちゃおうかなー」
護衛はそう言うとお嬢様をチラリと見る。お嬢様は頑張ってーと呑気に手を振る。
「はーい」
護衛は剣をクルクル回し、テンコを見た。
テンコはハッと我に帰り、祝詞を唱える。そして、テンコが手にしていた札を3枚護衛に向かって放ると燃え上がって青白い鷲になり、護衛に襲いかかる。
護衛はそんな鷲を瞬く間に斬り殺す。
ただただ歩いているだけだ。
テンコの眼前まで来るとテンコは左手に持った小太刀を構える。
「まだやるぅ?」
そんなテンコに護衛は尋ねた。肩に剣を置き、首を傾げた。
「そこまで!
下がれ!」
間に割って入ると、一瞬凄まじい殺気を感じたが、すぐに無くなる。
コイツ、一体何者だ?
「ごーかくですかねぇ?」
「ああ、あとは身分を証明してくれ」
「りょーかーい」
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