第4話 逃げるは恥でも何でもなく戦術の一つ。

 誰が来ます?と尋ねるとドラクロア副団長が出て来た。


「私が相手だ」

「はーい」


 火かき棒を抜き、ドラクロア副団長を見る。左手に大きな立て、右手のロングソードはロングソードではなくツーハンドソードだった。

 体デカすぎて普通にロンソにしか見えんかったわ。でっかいな、このひと。


「殺す気で来い」

「ええ、まぁ、ドラクロア副団長が一回死んだら私の勝ちで、私が吹っ飛ばされたり気絶したりギブアップしたりしたら私の負けで」

「わざと負けたら承知しないからな?」

「流石にこの格好でわざと負るほど私のプライドも低くはありませんよ」


 ハッハッハッと笑い、ドラクロア副団長と向き合う。

 審判役がスッと出て来て私達を見た。兜のフェイスガードを降ろし、準備良いよと合図。


「始め!」


 わたしはドラクロア副団長から見て左手側にゆっくりと円形に動く。ドラクロア副団長はニンマリ笑っていた。

 ドラクロア副団長は凄まじいパワーと力の瞬発力からからスピード。盾も防具ではなく武器だ。面でぶん殴ってくる。

 ドラクロア副団長は盾で自分の体の大半を隠して何を繰り出すのか悟らせない様にした。ふむ。

 次の瞬間、ボッと言う音と共に大剣の突きが繰り出された。


「うはっ!」


 ヤババ。思いっきり、さっきまで胴体があった場所に突きが繰り出された。怖すぎんか?死など、こんなん食らったら。

 避けるだけなら何の難しいことは無い。余裕だ。

 大剣はすぐに引っ込み、再び引きこもり。


「流石にこれは避けられるか」

「ええ、まぁ……」


 そう答えた瞬間、盾がグンと大きくなる。違う。シールドバッシュだ。面での殴打。私は後ろに飛ぶ。勿論追撃も来るだろう。

 2度目の大剣突き。


「いや、死にますってそれ」


 ねぇ?と周りを見ると誰1人として笑っていない。


「切り掛かって来ないのかい?」

「火かき棒で?不死身のドラクロアを殴る?」


 思わず笑ってしまう。


「今からでも剣を使うかい?」

「いや、良いですよ。

 ドラクロア副団長ならコイツの方が良い」


 練兵場の地面を火かき棒の先端で掘り返し、砂を顔目がけて投げ付ける。


「卑怯だぞ!」


 騎士の1人が叫ぶ。


「卑怯で結構!勝てば官軍!」


 ドラクロア副団長が間髪入れずに答え、そして砂は普通に盾で受けられる。それに合わせてわたしはドラクロア副団長の更に左側に体を流しつつ間合いを詰めた。


「甘いよ!」

「ええ、本当に」


 ドラクロア副団長はシールドバッシュを繰り出すので盾の左ヘリを火かき棒で引っ掛けて思いっきり右側に。盾というのは基本的に革のバンドで腕を通して備え付けられた取手を掴むだけだ。

 そして、わたしはドラクロア副団長の盾を留めるバンドを全力で引きちぎりに行った訳だ。

 結果は失敗。ドラクロア副団長の体勢を少し崩すことしかできない。


「んーやっぱり騎士相手の戦術は使えないかー」


 火かき棒を回して肩をぶん殴ってやる。


「ウハハ。カッタ!」


 ウハハ。

 直ぐに離れる。


「その程度の打撲じゃ効かないよ」

「ええ、勿論」


 それからドラクロア副団長はシールドバッシュを基本にそこからの派生攻撃しかして来ない。

 成程ね。カウンターが怖いのか。


「そう言えば、この近くに美味しい飲み屋ってあります?」

「何だいこんな時に」

「え?何かお互いに黙ってるのもアレじゃ無いですかー

 せっかくならオススメの飲み屋の情報知りたいなーって」

「成程ねぇ。私に勝てたら奢ってやるよ?」

「あーそういうのはいらないですねー

 1人で飲むのが好きなのでー」


 五月蝿そう。何でも女の子と2人っきり。


「不死身のドラクロアに酒の席を共に出来ると聞いて断る奴はアンタが初めてだよ!」


 シールドバッシュ。


「ええ、まぁ、そうですねー

 私はドラクロア副団長の戦い方は真似出来ないので参考になるのは同じ躯体の敵を相手にした時の指標ぐらいですねー」

「ほう?私と同じく躯体はオーガくらいじゃ無いか?」


 オーガは魔族の一族だ。まぁ、鬼だな。めっちゃ力が強い。やべー奴等。


「ええ、オーガと戦う時の参考ですねー」


 盾を下から上に引っ掛けて持ち上げてみる。やっぱりあんまり意味がない。開いた腕を殴って逃げる。ヒットアンドウェイ。

 死にゲーの基礎。


「ええい、逃げてばかりで面白くないね」

「ええ、まぁ、ドラクロア副団長の一撃なんかウケたら死にますから」


 凄まじい速さの連続突きを全力で逃げる。


「こえー」


 ハッハッハッと笑いながら凄まじい猛攻を逃げる。体力お化けだからなー


「体力お化けだからなー」

「誰がお化けだって?」


 力こそパワーって感じなのにスピードまで併せ持ってるから堪らんな。


「ぱわー」


 繰り出される剣を横からペンと殴る。ほんの少し軌道がズレる。避ける努力を最小限にして体力の消費を減らす。


「ぱわー」


 突きは全て逸らす。イライラするし疲れるはずだ。


「成程ね、私をイライラさせようって戦術かい?」

「ええ、まぁ」


 パワー。

 砂を掬い上げて投げ付ける。


「ぱわー」

「またそれかい?」

「ええ、まぁ」


 盾チクしかこない。

 なら此方も目潰しと弾きに、左腕への攻撃しかしない。見ている周りは死ぬほど詰まらないんだろうね。

 まぁ、戦いなんてそんなものだ。ボス戦だし。


「攻めあぐねてるっすね」

「ああ、あんたがチョロチョロ逃げるからね」

「それも作戦ですよ。

 疲れてきました?」

「まさか」

「じゃあ作戦は継続です」


 チラリとコニー殿下を見ると殿下はこっちを見ながらまだまだ走っていた。存外体力はある。

 ゲームで言えば最初の頃に出て来る基本基礎に忠実なボスだろう。此方の手によって攻撃が変わる面倒くさいが、真面目にやれば倒せるボス。またはエンドコンテンツのボス。

 ドラクロア副団長はエンドコンテンツタイプのボスだな。

 ほらここ、いなしてやると盾を構える。

 手にした火かき棒は全く凹みなどは無い。丈夫だな。流石だ。


「隠し球、まだあるんでしょう?

 出さなくても?」

「出す必要が?」

「勿論それは副団長の勝手ですね。

 でも、私は貴女が攻めあぐねて手をこまねけばこまねく程私の評価が上がります。

 さぁ、どんどん盾チクして下さい。私は一向に構わないので」


 挑発してみると、少しだけ雰囲気が変わる。ゲームと違うのは敵も自分もスタミナがあり戦場が変化する。そして、相手の雰囲気を読めるのは良い。


「お、雰囲気が変わりましたね。

 本気ですか?」

「少しね。中々に舐められてるからねぇ」

「ハッハッハッ、舐めてませんよ。舐めてるなら先ず武器を抜かない」


 舐めるなんて絶対しない。加藤清正も言っていた。


「虎はね、兎を狩る時も全力と申してね」


 突き出された剣を左斜め下に弾く。上から下に殴るだけで相手は少しばかりの体幹を行使させる。


「誰の言葉だい?」

「近所のお爺さんです」


 そんな感じで30分くらい遅々として進まぬ殴り合いが続く。ドラクロア副団長は息が少し切れてきた様だ。ふむ、まだまだいけそうだな。私の呼吸は無事だ。

 それから更に30分。突然気を付けと声が掛かる。見れば女王陛下だった。他にも全近衛騎士団長が勢揃いしている。


「ふむ、ドラクロアをして御せぬか」


 女王陛下の前に傅いて背中に剣を隠す。


「賞賛に値する集中力です。

 他の者だと30分と持たないでしょう」


 めっちゃ褒められるやん。


「逃げるだけなら誰でも出来ます」


 あんまり持ち上げるな嫌がらせされるだろうが。


「いや、無理だろ。

 ドラクロア副団長のがっちり固めた突きをあんな余裕で返せる奴はそれこそ団長クラスだ」

「貴女と一緒にしないで」


 囲んでいた騎士達の熱い掌返し。しどい……


「ふむ。

 お前はやはり可笑しい。よし、お前に新しい団を任せる」

「ご懐妊で?」

「私ではない。

 妹だ」


 天皇家でいうところのなんたら宮と言う奴か。秋篠宮とかそういう奴。


「……はぁ、成程」

「理解していないな?

 まぁ、良い。妹は誰に似たのか軍閥派でな。近衛に新しい銃士と言う部隊を作りたいと五月蝿いから、その為にお前を遣わせる。

 期待はしていない。所属は第五近衛のままだ。明日より倅の剣を観るのを止めて、妹の城を訪ねよ。

 場所はミュルッケンに尋ねよ」

「分かりました」


 励めと女王は去って行く。コニー殿下を一瞥するとコニー殿下にも励めと告げた。何だ励めって。

 女王が去って行くと近衛騎士団長達が寄ってきた。


「お前の集中力は驚嘆するな。

 我々もまだまだと思ってしまった」

「不死身のドラクロア相手に息も荒げずに1時間も戦うとは、真の武人だな。

 秘訣はあるのか?」


 異世界に転生してチートをもらう事だよ、とは言えんな。


「んー……ぱわー?」

「参考にならんな」

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