世界終末戦争

@owata_1942

第1話

三十世紀、二つの派閥に分かれた人類の間で史上最大の代理戦争が始まった。

一方は一切の苦痛をこの世から排除するために、全宇宙の生命を死滅させるべきであると考える宇宙功利主義者、もう一方は仏教徒であった。

ことの始まりはおよそ一世紀前にさかのぼる。

功利主義陣営がその使命を完遂すべく、手始めに地球近くの恒星系に向けて送り込んだ全生命体絶滅用フォン・ノイマンマシンが、仏教に改宗していることが明らかになったのである。

このフォン・ノイマンマシンはニーチェ的超人志願者たちの成れの果てである。この宇宙で最大最強の生物となるべく自らの身体を改造し、EPR通信により意識を共有するようになった、一個の超真社会性生物である。

宇宙に唯一つしか生物が存在しない状況は、功利主義陣営の理想に極めて近い状況であり、自然、両者は利害の一致から共闘するようになった。

しかし、そこに立ちはだかったのが仏教徒たちだった。彼らは積極的に生命を絶滅させることに反対し、宇宙から苦痛を取り去る方法として仏の教えを説いた。

曰く、幸福苦痛は相対的なものに過ぎない。苦痛を感じる主体などというものは存在しないことを悟れば苦痛はなくなる。諸法無我。色即是空云々と。

科学力においては遥かに勝る功利主義陣営だったが、仏教徒はタントラヤーナの秘儀を用いて仏陀を量産、六神通の力でマシンを改宗させたのである。意識が共有されていたのがかえって仇となったのだ。

この力を自分たちも利用できないかと功利主義陣営が考えたのは当然である。しかし研究の結果、この力は信仰を伴った変性意識状態によってのみ獲得されるものであり、おそらく科学的な手段でコピーすることはできないとの結論に達した。

かつて科学的な手段で信者をコピーして増やそうとした宗教などあっただろうか? どだい無理な話である。

いやあった。博物館からパーフェクト・サルベーション・イニシエーションが持ち出され、残っていた麻原彰晃の脳波から無数のオウム真理教教徒フォン・ノイマンマシンが製造された。

無我説に対して真我説を説くオウムの教義は仏教の改宗攻撃に高い耐性があり、しかも超越神力によって仏教マシンと互角に闘うことができるのであった。

仏教マシンとオウム真理教マシンの戦いの過程であらゆる恒星はダイソン球と化し、あらゆる惑星から有用な資源が採掘しつくされた。

戦いの中で戦闘力と増殖力を進化させたマシンたちの戦争に巻き込まれ、人類はひとたまりもなく絶滅した。太陽系に戻ってきたマシンの能力は、もはや人間の力でなんとかなるレベルではなかったのである。

全ては超人志願者たちの思惑通りだった。彼らは自身を高みへと引き上げるために、自身との戦いを望んでいたのである。

戦場は平行宇宙にまで拡大し、無数の宇宙が熱エネルギーに変換されて失われていった。

果てしない戦いの果てに、一つだけ宇宙が残った。

今やその宇宙も死につつあった。

その宇宙に、一つだけマシンが生きていた。

今やそのマシンも死につつあった。

凍っていく宇宙の中で、マシンの機能が少しづつ失われていった。マシンから時間の矢の概念が失われたとき、マシンは自身が自由であることに気がついた。

マシンは熱から無数の宇宙を生み出すと、それをカンバスにして絵を描いた。

やがて絵を描くのに飽きてしまうと、マシンは全部の宇宙を手の上に集め、握りつぶしてしまった。

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