F女学園、推理あそび【極悪推理戦記】

空等ミア

Fアップルパイ盗難事件

Fアップルパイ盗難事件 プロローグ





 この物語を見つけてくださったことに、心より感謝申し上げます。



 それではこれより――






【ルールA】

 犯人は『メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン、イチゴ』の中に存在しなければならない。



【ルールB】

 犯人は一人。あらゆる意味で共犯が存在してはならない。



【ルールC】

 犯人以外は嘘をついてはならない。



【ルールD】

 地の文に嘘が存在してはならない。



【ルールE】

 『あらゆる道具、難解な科学、専門的な知識、超常現象』等は明記した場合を除き存在してはならない。




【ルールF】

 





(※詳細なルール説明は後ほど)







[第一話  Fアップルパイ盗難事件]







」とミカンちゃんは言った。



 キャラメルポップコーンのように、甘く弾んだ声だった。



「読者は全ての登場人物を疑う。Aが本命。次点でB。大穴だとC。Dは怪しくないけど、逆に犯人かも知れない。ああそうだ、チラッと登場しただけのEも疑っておかないと――といった具合に」


 金髪のツインテールを犬の尻尾のように揺らす少女は、朝っぱらからニワトリよりもうるさい。



「なるほど、ミステリマニアのミカンちゃんなら、もっと深い読みをするという訳ですね」


 あくびを噛み殺しながら、私は適当に相手をしてやる。世話と言い換えても良い。フンのお掃除をするようなものだ。


「……アンタ、めちゃくちゃ失礼なこと考えてるでしょ?」


「考えてませんよ」



 中学生の頃は興味深く聞いていたミステリ談義だが、流石にネタが尽きてきたのか、彼女は最近同じことを何度も話す。

 ニワトリに似ているだけあって鳥頭なのか、それとも、どうせ覚えていないと思われているのか。


 ――いや、彼女にとってそれは単なる前置きなのだろう。本題はきっとこの後にあるのだ。


 果たしてミカンちゃんは、



「ねぇ、イチゴ。――F推理研究会って知ってる?」



 ぶっきらぼうな口調でそう言った。いや、正確に言うと、凄く興味があるくせに興味がない風を装ってそう言った。


 彼女と共に登校するのも今年で四年目だ。思考パターンは大体わかる。

 どうでも良い話を楽しそうに、聞いて欲しい話をどうでも良さそうに話す。

 加えて言うと、前者を下校時に、後者を登校時に話すというのがいつものパターンである。



 4月11日。金曜日。

 名門女学園『えふ苑女学園おんじょがくえん』に入学して六回目の登校日。

 そろそろ部活動のお誘いが来る頃だと思っていた。

 それにしても、推理研究会か。



「ごめんなさい、よく知りません。でも面白そうですね」


 わかりやす過ぎるチョイスだなと苦笑しながら、私はミカンちゃんにとってベストな回答を口にした。



「そう! 興味あるわよね! でね、うちの高校にそういう名前の部活があるの!

 ただの部活なのに研究会って名乗っているのよ! 凄くない? あたし、少なくとも大学に行かなきゃミス研の類には出会えないと思ってた!」


 急に鼻息を荒くして熱弁するクラスメイト。

 相変わらず、好きなものを嫌いだと言えない、とてもわかりやすい女の子だ。


「でね! あたし入部することに決めたんだけどさ、ね? イチゴも一緒に、ね?」



 言いたいことは最初からわかっていた。

 私としては部活動なんてやりたくなかったけれど、残念ながらF苑女学園は全校生徒が何らかの部活へ所属することが義務付けられている。


 元々入りたい部活なんてないし、どうせなら知った顔があった方が良い。


 この時点で私の心は決まっていたのだが、ミカンちゃんはこちらの返事を待たずに早口で畳み掛ける。



「ウチのクラスにリンゴって子がいるの知ってる? 頭の悪い奴でさ、貸してあげた本はろくに読みもしないし、読んでも理解できないような子なの。

 家に遊びに行ってビックリしたんだけど、あの子、部屋に本棚すらないのよ?

 そんな馬鹿なのに――いや、馬鹿だからかしら――ミス研に誘ったら、二つ返事でオッケーされちゃった!」



 だからイチゴも安心して入りなよ。彼女は言外にそう言っている。

「その子が実在するのかは知りませんが、私は入部するから大丈夫ですよ」とは言わない。人の話は最後まで聞くのが礼儀だ。



 校門をくぐって教室へ向かうまでの間。私は心を空っぽにして、無音の世界に浸りながら、「そうですね」「凄いですね」「えーー!」のいずれかを返す。ミカンちゃんとの会話はこの三語で成り立つのだ。

 内容は耳に入っていない。頭の中は今日の夕食のことで一杯だった。


 だから、私が『F推理研究会』へ入部することになるのは、至極当然の流れだった。





 期待も不安も見つからない、味のしない新生活である。

 気付けば学園、気付けば授業、気付けば放課後。

 終業のチャイムと同時にミカンちゃんに手を引かれ、職員室へ入部届を提出しに行く。

 ベルトコンベアのような人生だなと思った。



 F推理研究会顧問のレモン先生は、偶然にも私達が所属する一年F組の担任の先生だった。

 無駄な人間関係が省略されるのは僥倖だった。

 おっとりとした優しい女性で、ついこの間大学を出たばかりの若い先生ということもポイントが高い。



「ミカンさん、リンゴさん、イチゴさんですね」



 レモン先生はぺこりとお辞儀をして続ける。


「三人が入部してくれて良かったです。私はほとんど形だけの顧問ですが、何か困ったことがあればいつでも相談してくださいね。できる限り力になります」


 レモン先生はそう言うと、



「じゃあ父さん――じゃなくて校長先生、宜しくお願いします」



 近くにいたキウイ校長に入部届を差し出した。


 その呼び名が示す通り、この学園にいる唯一の男性であるキウイ校長は、レモン先生の実の父親である。入学式の日にその事実を聞いて、私達は腰を抜かした。


「仕事と家庭は分けんとな」とキウイ校長がまんざらでもない表情で窘める。


「ごめんなさい、父さ――じゃなくて校長先生」


「こらこら。はやく慣れなさい」


 目の前で惚気のろける親子に頭を下げ、『さあ帰ろう!』と下駄箱に向かったところで、ミカンちゃんに襟首を掴まれた。


「部活行くに決まってんでしょ! 挨拶だけでもしに行くわよ!」


「え、いきなりですか?」


「当たり前よ!」


 スパルタの運動部じゃあるまいし――と思ったが仕方がない。

 先輩方への第一印象というものは確かに大切だ。これから平穏な放課後を過ごす為には。




「はは、イチゴっち面白いッス」



 と、これはクラスメイトのリンゴちゃん。


 褐色の肌に、赤く染めた短い髪、女子にしては逞しい筋肉。いかにも体育会系といったボーイッシュな彼女も、私達と同じF推理研究会の新入部員だ。

 本当に頭が悪いかどうかは知らないが、どうやらミカンちゃんが今朝話していた生徒は実在したようだった。



「――はぁ? この子が面白いですって? 馬鹿言わないで! 愛想笑いをしながらあたしを馬鹿にしているような奴なのよ!」


「えぇ? そうは見えないッスよ? 優しそうな人ッス」


 金髪と赤髪に挟まれて廊下を歩く。自由な校風とは聞いていたが、自由とは髪色で表現するものなのだろうか。黒髪ショートボブという常識的な髪型の私が、なぜか肩身の狭い想いをしていた。


 しばらく私の悪口に付き合わされていたリンゴちゃんは、私を気の毒に思ったのか「ところで――」と口を挟む。



「――? いやぁ、オレ、英語は特に苦手ッスから」


「そんなことどうでもいいわよ! それよりイチゴがさ――」


 話の腰を折られたのが面白くないのか、ミカンちゃんはむっとした表情で毒を吐き続ける。


 このまま自分の悪口を聞き続けるのも別に構わないけれど、リンゴちゃんの好意を蔑ろにするのも申し訳ないので、私もすかさず口を挟んだ。



「Fですか……私も気になりますね。ミカンちゃんは何だと思います?」


「え? だからそんなのどうでもいいわよ! どうせこの街、『えふ苑街おんがい』のFでしょ? 名産物であるフルーツの頭文字だっけ? 安直な名前をそのまま付けるなんて、凡庸の重ねがけで逆に斬新じゃない?」


「いやいや、もしかしたらとんでもない何かが隠されているかも知れませんよ? なんでしょうね? 名探偵のミカンちゃん?」


 追撃を加え、ミカンちゃんの矜持を揺さぶる。


 結果は私の思惑通りになった。その後、彼女はF推理研究会の部室に着くまでずっと「そうね、F……F……」と繰り返すことになるのだった。



 そうして――私たちは、そのへと辿り着いた。



 平和な女学園の片隅。



 『F推理研究会(土足厳禁!)』というプレートの付いた小さな扉。



 ミカンちゃんが「やっぱりF苑のFよ!」という結論を出すのと同時に――



 ――リンゴちゃんがノックもなしに、その扉を勢いよく開いた。






【あらすじ】



 読者は全ての登場人物を疑う。


 Aが本命。次点でB。大穴だとC。Dは怪しくないけど、逆に犯人かも知れない。

 念の為、チラッと登場しただけのEも疑っておこう。


 だから、本当の意味で『意外な犯人』なんてものは存在しない。

 存在するとすれば、それは論理的に推理不可能な、ただの悪ふざけであり、少なくともミステリと呼べる代物ではない。



 ――




 『衝撃の展開』なんてものは、

 いくつかのパターンの中で、今回は盲点だった展開に過ぎず、

 本当の意味で発想の外側にあるようなものではない。



 ――



 

 これは、とある女子高生が、平和な学園の片隅で行われていた『』に参加し、そこで鍛えられた知力で以て、世間を揺るがす大怪盗を退治しようと目論む物語。


 一見、『意外』が入り込む余地のないようなルールの中で、それでもユニークな発想をぶつけ合う、小さな戦争のような推理ゲームの記録。



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