第124話 初日からこれだけのもの見せられて…



 機上の六人にとっては、初めてのアクアリア大気圏突入で緊張感が機内に広がる。


 窓の外に広がるプラズマのオレンジ色は3分ほどで消え、上空は黒い宇宙が広がり、下には雲が広がる大空の中をどんどん高度を落として駆け抜けていく。


「すげぇ……。全然揺れない」


「松木、これでも手動マニュアルなのか?」


 横に座っていた教官が、渚珠の手元を見ながら驚いている。大方のパイロットはこういう時にコンピューターに操作を預け、それを見守っていることが多い。彼女は自分で操縦桿を小刻みに動かしていることからも、自動ではなく自らの手で操っていることが分かる。


「手動の方がロケットスラスターからラムジェットエンジンとエルロン……、この機体ならエレボンですね。切り替えタイミングが早くできるので、難しいって言われるのですけど、わたしにはこっちの方が楽なんです」


「まだ高度80kmだろ。成層圏の上部を極超音速で突っ込みながらこれだけのスピードのまま手動で降ろしていくことができるのは、現状ではお前くらいだろうな」


「そろそろ通常のジェットエンジンに切り替わるので、スピードが落ちます。前にぐっと押し付けられます。注意していてくださいね」


「下りはラムジェットの出番は短いんだな」


「そうですね。ずっと加速が必要な上りと違って、マッハ5まで落としたら通常ジェットエンジンの方が操縦が楽です」


 雲が厚いことと横風の影響を考慮して、いつもはまっすぐに下りていく航路を大きく曲げながらのコースになるという。


『渚珠ちゃん、雲が厚いから抜けるまでホワイトアウトに注意して!?』


「うんILS計器着陸装置使ってアプローチする。ダウンバースト強力な下降気流は起きてない?」


『それは大丈夫だけど、一時的に雨が強いから、接地の時に気を付けて』


「了解。少し固めに降ろすよ」


 雲の下に抜けると、海が見えてくる。


 通常は最後に滑走路のセンターラインに頭をまっすぐ向けるけれど、横風が強いときは風上に頭を向けてスライドさせるように滑走路直前まで持っていく。


「渚珠、頭が滑走路のセンターラインに乗ってないよ」


 一番前の席で前方の景色を凝視している桃香が気付く。


「この風を見ながらスピードと角度を合わせるから。見てるとヒヤヒヤだよね。風が良くないから最後ドンと着地させるから気をつけてね」


 右舷に滑走路の端が見えると、一度左側に機体を傾けて風の力でもとに戻しながらスロットルを落とす。


 気がついたときには、タッチラインの上にドスンと左右両方のタイヤを接地させて減速に入っていた。


「す、すげぇ……」


「こんなん生で初めて見た」


「これが今の君たちと松木の腕の差だ。いきなり見せつけられたな」


 地面の水を舞い上げてしまうからと、逆噴射は使わずにエアブレーキと滑走路の長さを使って速度を落としてから、事務所棟の前へ移動して、ピタリと停止位置に停めた。


「お待たせしました。ALICEポートへようこそお越しくださいました。凪紗ちゃん、9973便サインオフします」


 いつものように機材担当の弥咲と、接客担当の奏空がすぐにやってくる。


「今日はお疲れだと思いますし、この天候です。外の訓練は危険なのでしません。お荷物はお部屋に運んでおきますので、会議室の方にどうぞ」


「渚珠ぃ、なんか頭から凄い事になりそうなんだけど……」


 桃香が廊下を歩きながら小さな声でささやく。


「大丈夫。私だって最初は不安だったけれど何とかなった。みんな優しく教えてくれるよ。奏空ちゃんのお料理は美味しいから今夜から楽しみにしててね」


「そうは言ってもさぁ。あの渚珠の腕はこのメンバー誰も無理だよ? あたしの今の気分はこの雨だわ」


 桃香は複雑な顔をしながら、窓の外を見ていた。


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