第123話 もはやみんなの認識は変わっている
あの研修所での発表から1か月。いよいよ六人がアクアリアでの研修のために、アルテミスを出発した。
「星間連絡船使わないんだもんな。こんな乗り継ぎのために中継ステーションを使うなんて」
「翔馬も贅沢言ってるんじゃないの。これは研修なんだから。連絡船使いたかったら、自分でお給料もらってから使うことね。ねぇ教官」
「理穂も言うようになったな。星間連絡船でもよかったんだが、もう研修初日のカリキュラムになっているし、客室の窓からは見られない景色を見てもらおうと思う。この研修が終わるころには、同じことを各自できるようになってもらわなくちゃならないからな」
貨物運搬船の客席に相乗りをしてきたメンバーは、アクアリア上空を周回する中継ステーションに到着した。
「ここで乗り換えだ。アクアリアへの大気圏突入は一歩間違えれば危険な事故につながる。そのためにコックピットに入るものは必ず制服着用だ」
「教官がやるんですか?」
「やれなくはないが、もっと腕のいいメンバーを知ってるだろ。どんな状況でも無敵なパイロットが?」
「渚珠だ」「松木か」
各自の荷物を持って、廊下を歩いていくと「この先エアロックにつき状況確認」という厳重な扉が閉まっていた。
「松木キャプテン、開けても大丈夫か?」
インターホンで問いかけると、すぐに声が戻ってくる。
「はい。いま、こちら側から開けるので待っていてください」
ロック状態を表す赤いランプが緑色に代わり、頑丈なドアが開く。ここまでは桃香たちが見慣れているアルテミスの中継ステーションと変わらない。
違うのは、そこに留置されているのが有翼機であるということだ。先日訓練所の教室で見ていた制服姿で、渚珠が機体の点検をしている途中だったようだ。
「長旅お疲れさまでした。これから最後の大気圏突入になり、直接ALICEポートに降りていくことになります。ただ、今日は下の天候が不安定なので、着陸まで揺れが予想されます。荷物が途中で落ちてきたりしないように固定しておいてくださいね」
この機体は全員が乗ると定員ちょうどの八人乗りだ。敢えて小型の機材を用意してもらったという。
「大型機だと、コックピットとキャビンの間に壁があるのがほとんどだ。このくらいまでなら、各自のシートからコックピットが見えるだろう」
「では、出ますね。管制さん、9973便準備完了です」
『ではエアロック減圧します。機外には出ないようお願いします』
数分で減圧が終了し、カーゴドアから再び宇宙空間に出る。
素早く機体の状況確認を終えて、無線のチャンネルを変える。
「凪紗ちゃん、わたし。現在の状況はどう?」
『そうねぇ、東向きに降ろす予定だから、10時方向から10m前後の横風ってところ? 雨はこの後小降りになる予報』
「そっか……。じゃぁ、予定通り着陸行くね。飛行コースは少し南側からになると思う。誘導よろしくね」
『分かった。気を付けてね』
「結構風が強いな。大丈夫か?」
教官が心配そうに話しかけるも、渚珠は冷静さを失わない。
「大気圏突入から一気に着地ですから、スピードが速いので少し難しいです。現状では危ないほどではないですけれど、最後揺れるかもしれません。ベルトはしっかり締めておいてくださいね」
口で答えながらも、タッチパネルの画面を次々に変えながら入力を繰り返している。
「あのさぁ……。学校での松木ってなんだったんだよ」
これまで、修学旅行では故障して緊急着水した星間連絡船の修理をしたり、あわや全員絶望と言われてもおかしくない事故を起こした宇宙船の全員無事救助など、何度もニュースに載ってきた一人の同級生。
目の前で自分たちの知る彼女とは全く格の違う動作で宇宙船を操縦しているのだから。
「みんなで渚珠のことを笑っていたとき、この子は誰にも言わずに一人で、あたしたちとは全然レベルの違う訓練をしていたってことよ。そこに追いつくことがどれだけ大変か、これから思い知ることになるはず」
アクアリアのALICEポートという名前は、それまでの教科書に載っている遺跡だけという認識ではもはやない。
最新鋭の設備と最強のメンバーを揃えた、誰もが認める最高の港だ。
そのトップにいるのが、自分たちの元同級生となれば、どれだけ現状の差があるのか知るのも怖いほどなのだから。
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