第121話 たった一人の合格者だった
「じゃぁ、授業の入り口はこれでいいとして……。これからが本番になります。この映像のことは、他言無用でお願いします。また、気分が悪くなった人は遠慮なく言ってくださいね」
渚珠の声のトーンが変わる。
「松木キャプテン、無理しなくていいんだぞ?」
監視役の教官までが確認するくらい、厳重なものなのだと六人も身構える。
「大丈夫です。これを見てもらわないと始まりませんから……」
再び照明を落として、次の動画が再生された。
『この便、ずいぶん遅れて入ってきたな』
『なんでも、センサー不具合でコースを外れたって報告が入ってたわ。すぐに気づいて設定しなおしたから大事にはならなかったみたいだけど』
『そうか。だから修理場行きなのか』
画像は、アルテミスの軌道ステーションから少し離れた空間に浮かんでいる宇宙船のコックピットだ。
突然、警報音と共にエンジンが轟音を立てて、みるみる軌道ステーションとの距離が短くなっていく。
『いきなりなんだ!』
『到着ターゲットマーカー検知って』
『バカな。そんなものは表示されていないぞ。この速度のままだと突っ込む。誘導システムを切れ!』
『間に合わないかも!』
『だからコンピューター任せはダメだって言ってたのに! スラスターで向きを変えるから、自動の制御系を切り離してくれ』
言葉はそこで途切れて、二人がコンピューター制御の切り離しと、ステーションへの衝突コースを避けるための操作している場面が流れる。
『切れた!』
『激突回避は間に合わん! 最後の瞬間まで軌道をずらす。お前は耐ショック姿勢を取っていろ!』
『あなた!』
『なぁに、こういう記録こそあとで役に立つんだ。俺たちは犬死にするわけじゃない』
画面の目いっぱいに壁が広がり、船体がぶつかるクラッシュ音と同時に画面は砂嵐に変わった。
誰も言葉を発することはできなかった。
渚珠は画像を消すと、スクリーンの前に戻った。
「この事故は、みんな学校の時に習ったと思う。わたしも一緒にいたもんね」
「こんな映像が残っていたなんて……」
そう。この事故はアルテミスでは教科書にも載るような大きな事故で、これまでの開拓の歴史を紹介した記念館にも痛ましい犠牲として記録が残されている。渚珠が言ったように、学校の社会科学習でも訪れたこともある。
「本当は、この映像を使うのは躊躇ったんだが、松木キャプテンの希望で使うことになった」
教室の後ろの方で見守っていた教官が言葉をつづけた。
「当時、
渚珠は六人の前で顔を上げ、静かに伝えた。
「渚珠」「松木……」
学校時代、両親がいない彼女の素性については色々な噂があった。その中には心無いものも少なくなかったけれど、渚珠が反論することはなかった。唯一真実を知っていたのは桃香だけだ。
「『自分で全てを操縦できて初めて一人前』が父の口癖でした……」
「松木さん、医務室で少し休んでいてください」
教室の中で椅子から転がり落ちてしまった渚珠はそのまま気を失っていたらしい。
気がつけば、医務室のベッドの上に寝かされていた。
「気がついたか。よかった」
「教官……。心配かけてすみません。あれじゃ、わたし再履修ですよね……」
しかし教官は横に首を振る。
「今、他の訓練生はシミュレーターで再履修中だ。松木にその必要はない。唯一の1発合格者だからな」
「そ、そうなんですか……」
「あれを、誰から教わったんだ? 訓練ではまだ教えていなかったはずだ」
「……亡くなった父です」
「やはり、そうだったか……」
「君たちが午前中にシミュレーターで、事故訓練の体験をしたと思う。今は航行士の訓練カリキュラムではないから再履修はない。しかし、当時三十人いた航行士訓練生で、あの状況に陥って唯一的確に対処したのが、当時の松木だ。訓練シナリオに対処するためには20秒しか与えられていない。異常を起こしたコンピューターのブレーカーを切り機体を安全な場所に自力で安定させ指示を待つのが正解だ。松木が一等航行士になれると確信したのはこのときだった」
渚珠に少し落ち着かせる時間が必要だと、教官が前に来て説明を変わった。
「学校では、港湾管理とか、航行士の資格は必要ないから、みんなに黙っていたことは申し訳なかったと思います。でも、父は最後まで操縦桿から手を離していませんでした。遺族に……と言ってもわたしだけですけれど、見せていただいた映像にはそれがはっきり残っていました」
この事故は全ての宇宙船の航行システムを一から書き直すことになったもの。コンピューター任せになっていた操縦を人間が取り戻せるように改修しないとならないようになったほどの影響があったのだから。
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