episode8 こんな経験したくないでしょ?

第120話 午後の授業で…




「それでは、今日の午後は過去の事故から学ぶ教訓についてになるんだが、いろいろな映像も登場するのできつい内容になるかもしれない。ただ、他の教官は知らないが、これ以上にない最高の話し手を用意してみた」


 アルテミスでの港湾職員訓練所の一室。電子ボードの前で教官が一息ついた。


「特別講師と言っても、諸君には懐かしい顔だと思う。リラックスして受講すればいい。その代わり、誰よりも生々しいのは覚悟しておけよ?」


 教官はドアを開け、廊下で待機していたと思われる人物に頷いた。


「この教室に来るのは久しぶりだろう?」


「はあ、はいぃ。そうですねぇ……。わたしでいいんですかぁ?」


「お前以上に、異常時や事故を自分で話せる奴が他にいるか?」


 入ってきた人物の顔が見えた瞬間、教室の中にいた六人の訓練生は全員「あーっ!」との叫びをこらえ切れなかった。


「ほらな? 想像していたような怖い教官じゃないだろう? 今日は松木渚珠講師だ。ただし、全員知ってのとおり、見た目で騙されるなよ? 俺の知っている限りでは現状で最高の一等航行士だ。お前たちにはこの松木の経験を生で聞いてほしい。だから呼んだんだ。今日の午後の時間は全部使っていいから、後は頼むぞ?」


「もぉ、教官も無茶ぶりなんですからぁ……」


 教壇に立たされた渚珠は、改めてメンバーを見直す。


「今さら……、自己紹介もないよねぇ。これまでに脱落した人がいないみたいで、よかった」



 渚珠は、この訓練所で世話になっていた教官の要請で、久しぶりにアルテミスの訓練所に出張として訪れたところ、特別編成クラスの訓練生に過去の事故事例や異常時の心構えについて自由に話してほしいと言われて今に至る。


 なんとも無茶な話だったけれど、資料室には情報も揃っているので、そのまま引き受けたという次第だ。


「渚珠が特別講師だっていうなら、本当に最強だよね。あの時の生の話を聞くこともできるわけだし?」


「桃ちゃん……。たぶん、わたしが呼ばれたのって、そこだと思うんだよねぇ……」


 何のことはない。渚珠の前に座っている訓練生とは、以前は隣に住んでいた桃香たち。渚珠の同級生なのだから。ミドルスクール卒業を直前にして、新しい港管理者になるために、特別チームを編成して新港の開設に備えて訓練を受けているメンバーだ。



「分かった。それじゃぁ、授業を始めます。では、最初に何本か映像を見ていただきたいので、部屋を少し暗くしますね」



 教室の中の明かりを少し落とした渚珠は、用意しておいたメモリーカードを再生機にセットした。


「いきなりショッキングなものから入りたくはないので、最初はみんなが多分見たがるような映像を流しますね。ついこの間出来上がったばかりのALICEポートの職場紹介動画になります。まだ一般公開前のものです」


 アクアリアの青い空と海に囲まれた島の俯瞰風景から始まり、メンバー各自の紹介、新たに整備されたマリーナでの接客場面、医療棟の診察室での様子、増強された整備ドックでの整備風景、滑走路を使った離発着のコックピット映像、大きな波を立てて到着する星間連絡船の映像などを次々にスライドさせていく。


 一般向けのコマーシャル映像としても十分すぎるクオリティで、渚珠が言うように誰もが見たがるようなものだ。全員が新制服着用で撮られていることからも、最新版だとすぐに気づく者もいるだろう。


「やっぱり、凄いよね……。これを見せられちゃうと……」


「でも、ここにいる皆さんは、この映像に登場するわたしたちを超えるための訓練を受けていると聞いています。異常事態訓練に移行したということは、基礎訓練は終わったということです。そこは自信を持ってもらいたいんです。これはわたしの経験からも言えます。教官、そうですよね?」


「その通りだ。基礎は終わった。これからは実機と環境を使った訓練を重ねていく。そして、その場所はALICEポートの全面協力を得られることになった」


「え、あそこで訓練するんですか?」


「うん。宿泊部屋は押さえてあるよ」


「だそうだ。その代わり、半年弱ギッシリのカリキュラムだ。容赦なくやってもらうようにお願いしたから気を抜くなよ?」


 六人が歓声を上げた。訓練場所とは言え、憧れの場所での長期滞在が叶うし、修学旅行のときに泊まることができなかった者もいるからだ。


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