第117話 静かなところで休んでもらおう



「弥咲ちゃん、もう少し前」


「渚珠ちゃん人使い荒いよぉ」


 久しぶりの休業で全員オフの1日。渚珠は荷物を船に積んで、あの島に来ていた。


 悠介の葬儀は、彼女たちの手で静かに行われた。もともと、子どもを含めた身寄りがいない彼のことだったから、どこに届けを出すかも問題になったけれど、それもすっかり落ち着いた。


 この日の朝、美桜は朝食の席で「悠介たちを眠らせてあげたい」と提案し、みんなで用意してあった機材を船に積みこんで出発した。


 島に着いて、弥咲と渚珠がスコップで穴を掘った。

 この島は後でALICEポートのサテライトとして使わせてもらう予定だから、多少掘られたりしても平気なように深めに頑張った弥咲が、そっと箱を持って渚珠に渡す。


「はい、これ」


「うん、ありがと」


 遺骨にしてしまうと、あとで偶発的にでも見つかったときに厄介だ。二人にはゆっくり眠ってもらいたいと、悠介も婚約者の可憐と同じように砕いて灰としてもらった。


「美桜ちゃん……。用意できたよ」


「うん、始めましょうか」


 器の中の全部の灰を混ぜて静かに収める。その横に悠介から預かったあの記憶チップを置き、最後に二人が別れ際に書き残した結婚証明書を置いた。


 あのチップも含め、時が経てば完全に土に還ってしまう。


 万一発見されたときのことも考えたけれど、中の情報を取り出したり復元することはできないという弥咲の言葉もあって一緒に埋葬を決めた。


「弥咲ちゃんごめんね力仕事……」


「まぁ、気にしない。美桜ちゃんこそ元気出して」


「ありがとね」


 この一件から、やはり一番心に負担がかかってしまったのが、悠介を最後まで看護していた美桜だったから。


 彼らが最初にALICEポートを訪れて、悠介を診察をしたとき、彼女にはこの先の展開はある程度想定できていた。


 残念だけど、もう間に合わない……。


 正直に言えば、可憐が先か悠介が先か。そんな状態だった。


 それでも他のメンバーにはそれを伝えなかった。患者の病状は重要なプライバシー事項だから。




 ある日中、悠介が昼寝中だと可憐がひとりで美桜のところに来た。


「悠介さんは、厳しいですか?」


「えぇ、あなたは分かっているのでしょう? 正直、厳しい……」


「あの……、それではお願いです。悠介さんが最後まで痛みや苦しみを感じないようにすることは、お願いできますか?」


「つまり、ホスピスケアということですね?」


「はい。私がいなくなり、悠介さんが落ち込んでしまうことは想像できます。それに加えて自分の体の痛みと向き合わせるのは、私には伝えることが出来ません……」


「本当に、マスターさんのことが好きなのね」


 弥咲からは可憐の残り時間を聞いた。どんなに悪く見積もっても、このまま容態が急変しなければ、なんとかなるだろう。


 可憐を見送りたいという悠介と話し合って決めた。薬の力を使ってでも、彼女を見送るまでは頑張ると。その後は、彼の望みどおりにしよう。


 可憐を見送った後の悠介は、美桜に告げた。


「あとは、自然に時間ときが終わるのを待ちたいんです」


「分かりました。ですが、痛み止めだけは続けさせてくださいね」


「貴女のようなお医者さんは初めてですよ」


 このステージまでくると、もう治療ではなく、終末期ターミナルケアになってくる。


 美桜も研修医のころからこのようなシーンには何度も遭遇してきていた。


 その時が訪れたあとに残る問題もない。自分の終末期も理解しているなら、あとは静かにその時まで心穏やかに過ごして欲しい。


 スペースや環境に制限があるスペースコロニーの時よりも、このALICEポートは自由で選択肢もたくさんあった。


 暖かい日は海岸にも行けたし、真っ青な空の下で、美桜と二人で日光浴をしながら昔の話をする悠介はいつも満足げだった。

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