第100話 彼女は最高傑作なのだと…




「可憐さん、こちらへどうぞ」


「はい」


 状況的には病院の診察室に入るようなものだが、違うのはそこにあるのが医療機器ではなく、工業用の計測器であったりすることだ。


「お世話になります」


「そんなにかしこまらないで? 悠介さんから、お話は大まかに聞きました。よろしくお願いします」


 ここまで連れてきてくれた悠介と渚珠が部屋を出て行き、二人だけになった。


「どうする? もうメンテナンスのモードに入る? でも、きっと知られたくないこともあるでしょ? データプロテクトかけちゃってもいいのよ?」


「一つだけ教えてください。弥咲さんは私がこういう体だといつ分かったんでしょう? 今朝とは思えませんし、悠介さんもその前から気づいていたようだと教えてくれました」


 可憐の所まで電源やターミナル接続用のケーブルを用意しながら、二人の会話が進んだ。


「ほら、最初に悠介さんの荷物を台車に載せたときがあったでしょ? あの時にね。あの腕力はってね」


「失敗しちゃいましたね。それでは、個人データにはプロテクトかけました。いつでも構いませんよ」


 弥咲は頷いて、昨夜見たメンテナンスポケットを開いた。


 マニュロイドとしての特徴として、彼らは体温と人工の皮膚を持っていること。そして、怪我をすれば赤い血も流れる。


 もっとも、保温や冷却のための循環系なので、少量ではすぐに直接の影響が出るわけでは無い。そして、その皮膚はある程度までなら自己修復が可能というものだ。


「ごめんね、一応スキャンかけたりするから、服も脱いでもらっていい?」


「はい」


 ブラウスやスカート、上下の下着も外して弥咲に渡してくれた。彼女の見ている前でそれを丁寧に畳んで籠に入れておく。


「じゃあ、どうしようか。システム名称とか、自分で言う?」


 言われたとおり、ベッドの上に横たわった可憐に、ブランケットをかけてやる。


「分かりました。サイバネクスシステムL-オリータシリーズ、開発システム933D、プロダクトナンバー9005、OSはサイバネ83R、プロセッサおよび個体認識コードは可憐。設定年齢は19歳。稼働時間は約21万4500時間です」


「ありがとう。十分よ。オリータって、こんなに凄いの……」


 ディスプレイに表示された情報に弥咲は頭を振る。


 可憐が自己紹介してくれたデータはすでに自分の手元にもある。


 マニュロイドにも様々な種類があるのは知っていたが、その最高傑作とも言われるのがオリータシリーズと言われている。このシリーズはもともと、子どもがいない夫婦など向けに開発された、未成年の女性をモチーフにされている。


 小学生くらいから、弥咲たちのような少女、成人女性の一歩手前という年齢の外見でカスタマイズすることが出来るとメーカーカタログにはある。


 可憐はその中でも最上位の出来なのだろう。年齢設定は19歳。センサーを取り付けるときに触れた胸元の膨らみはとても人工とは思えなかったし、通常はマニュロイドに排泄は必要ないので、陰部なども簡略化されてしまうと言われているが、彼女の場合は全て外見からはそうだと分からない。


 聞けば女性型の場合、装備によっては男性を受け入れることすら可能だという。可憐はそれらを全て備えているのだろう。


「可憐さん、これから身体のデータを見させて貰いますね。スキャンかけるので、防御システムを切ってもらえますか?」


「はい」


 可憐が頷いて目を閉じる。


 弥咲はデータリンクと、X線、超音波ソナーで可憐をスキャンした。これで、彼女のほぼ全ての状況が分かる。


「可憐さん、大切にされてきたんですね……」


 目を開けた可憐が小さく頷いた。


「本当に、25年近く、よくこんな状態よく動けるなんて、あの悠介さんは、大切にしてくださったんでしょう?」


「あの、弥咲さん。私は……」


「うん? 私もお会いできて光栄です。プロトタイプで残っているとは思わなかった。祖父が聞けば喜びます」


 弥咲は可憐から聞いた型番を聞いて、それが正規な製品で無いと分かっていた。


 市販されているモデルに、各番号の後ろにアルファベットは付かない。また、プロセッサ認識記号に個人名が付くのは極めて異例のこと。


 つまり、可憐は試作機だ。そして、彼女の誕生には弥咲の祖父が開発に携わっていると子どもの頃に聞かされていたことがある。


「つまり、可憐さんは以前『生きていた』んですよね?」


「……はい」


 弥咲の問いかけに、可憐は静かに頷いた。






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