第101話 診察室で二人きり




「つまり、可憐さんはかつての恋人だったわけですね?」


「そうですね。詳しく話をしてしまうと長くなってお仕事に差し支えてしまうくらいですが……」


「構いませんよ。そういった心の中にため込んで話してもらえないようでは、医者としては失格だと両親からは研修中から叩き込まれてきましたからね」


 美桜の医師としてのスタイルは決して、その道を目指すようになってからのものだけではない。


 コロニーで両親が働く病院で幼少の時期を過ごすことも多かった彼女の周囲は、ベッドから動くことが許されない同年代の子や、美桜のことを孫のように接してくれる老人などもいたから、そんな患者たちとの会話スキルというものも自然に身についていたものだ。


 患者の言葉から状況を察し、何が出来るかを考えて提案する。時間がかかることは仕方ないものの、美桜が研修医として診察室に入る頃から彼女の診察予約はすぐに埋まってしまう事が多かったから。


「なるほど。この島には必要な方々が最高なレベルでそろっている。納得しましたよ」


 弥咲が可憐と向き合っている頃、診療室では美桜が悠介とテーブルを挟んで向かい合っていた。




 可憐と弥咲が作業室に入った後、悠介は美桜に言われたとおり、診療所の建物に向かって呼び出しのブザーを鳴らしていた。


 いくつか検査と診察をしたあと、美桜は悠介に視線で問いかける。


「あなたも……。ご自分でお分かりなのですよね……?」


「そうですね。どちらが先か……。可憐を見送ってやることができればよいのですが……」


「分かりました。それが一番のご希望ですか?」


「それが可憐の所有者マスターとしてできる最後のことだと思いますので」


 美桜はそれ以上、悠介のことは触れず、悠介が話す可憐の話を聞いた。


「可憐とはもう25年になります。本来であればとうの昔に処分しなければならない機体です。ですが、彼女は特別な存在でしたから。自分の身勝手さで無理をさせ続けてきました。彼女も自分のことは分かっているのでしょう。最後ぐらいは何か好きなようにさせてやりたいと思っているのですが……」


 それだけ長い間を一緒に過ごしていたのであれば、愛着という一言では片付けられない思いというものも生まれてくるだろう。


「可憐さんはそのことについて何か仰っているのですか?」


「それは聞いても話してくれませんでした。可憐はあのタイプでも試作機ですから、もしかすると自分の寿命とそのあとのことに関する知識や情報は組み込まれていないのかも知れません」


「なるほど。私はあくまで医者なので、可憐さんの細かいところは弥咲さんに任せていますが、そういう話も今後は出るかもしれません。そして、悠介さんも、無理は決してなさらないでくださいね。これはお許しが出るまで伏せておきます。ただ、何もしないわけには行きません。悠介さんのご希望をお伺いしましたので、そこまで私に何が出来るかは考えさせていただきたいと思います」


 悠介から見れば、美桜をはじめとしたALICEポートの面々は娘といってもいいほどの年齢差になる。それにも関わらず、噂どおり彼女たちが作り上げていた空間は、これまであちこちを転々としてきた悠介にとって比べようもない安心感を得られる場所だと感じていた。


「申しわけありません。よろしくお願いします」


 悠介は美桜に頭を下げた。

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