第98話 そういうことだったのか…
明かりを暗くしている深夜の客室廊下を三人で進む。
二人の泊まっている部屋まで来ると、悠介は扉を開けた。
「どうぞ、お願いします」
ツインのベッドの片方は空いている。これは悠介が使っているのだろう。
そして、もう一つ、可憐の休むベッドに目をやったとき、弥咲は悠介を振り返った。
「指名をされた理由が分かりましたよ。どうりで……」
弥咲がベッドの端からコンセントに繋がっているコードを手に取った。
「見せていただいてもいいですか?」
悠介の許可を貰い、掛け布団をめくる。
コードはベッドの上に横たわる可憐の腰の部分で服の中に消えていた。
パジャマのズボンをそっと悠介がずらすと、腰骨の辺りの皮膚が一部めくれ上がっており、その中のコネクターに繋がっている。
マニュロイド、それが可憐の正体だ。簡単に言ってしまえば彼女は生身の身体ではない。ロボットというよりも、アンドロイドと呼ばれたりする、人間の形をした機械である。
海中、宇宙空間などという危険な場所、工場などの単純作業では、人間に代わりロボットが作業を行うのが一般的であり、初期は人の手で行われてきた作業を、手順が確立されると、機械に取って代わられ、人間は仕上がり工程の検査などに回ることが多い。
彼らはその作業環境によって最適な形をしているのだが、その中でも人型、そして人間の生活パートナーとしての需要も確実に増えている。
特にこの一見人間と区別が付かないほど精巧に出来ているものを、マニュロイドとして区別している。
介護現場などで活躍することも多く、男性、女性、世代など様々な種類がある。
「いま、彼女はどういうモードですか?」
「夜間のセルフメンテナンスモードに入っているので、朝の5時までは目を覚ましません」
「そうですか……」
弥咲はズボンを元に戻し、あらためて視線を下ろした。
可憐だってこの状態を今日いきなり会った自分に見られることは嫌だろう。
不完全ながらも、ある程度複雑な感情のやりとりが想定されている環境で生活するマニュロイドには基礎的な感情が備わっている。体を見られて恥ずかしがるくらいのものであれば、可憐だって十分に持ち合わせているはず。
「何年になるんですか?」
目を閉じて、静かに寝息をたてている可憐は、このコードさえ無ければ普通の人間にしか見えない。
「私が二十歳の時からですから、もう25年になります」
渚珠もそれを聞いて驚いた。そうなると、悠介が四十五歳になる。それにしては年を取っているように見えてしまう。
「25年ですか? それはずいぶん長く一緒にいるんですね」
「はい。ですが、もう限界かも知れません。最後に弥咲さんに見ていただいて、それで決めるために……」
「それで追われているように見えたんですね……。だから目立たない夜に……」
弥咲が可憐の手を握る。
「渚珠ちゃん、しばらくメンテナンス棟をお休みにしてもらえる? あたし、少し作業場に籠もることになると思う」
「うん。分かった。えと、悠介さんは付き添われますか?」
「いや、可憐には私から伝えます。弥咲さんのやり方で調べていただいて構いません」
朝からの予定を打ち合わせて、渚珠と弥咲の二人が戻っていく。
「弥咲ちゃん……」
「あ、ごめん。25年かぁ、厳しいかも知れないなぁ……」
これまで、こんなに寂しそうに話す弥咲を見たことがない。
200年前に残されたコンピューターから、データを取り出したこともある彼女がこれだけ弱気なのは、それだけ厳しい理由があるのだろうと思った。
「とにかく、調べてみるよ。悠介さん、あんなに大切にしているんだもん」
渚珠に朝食後の作業開始を話すと、弥咲は部屋に戻っていった。
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