第97話 目的地に辿り着けたのだから…




 夜遅く、時計も午前2時を過ぎた頃だろうか。


 ロビーの奥に人の気配があって渚珠は顔を上げる。


「あ、落ち着きませんか? 船でお休み中のところを起こしてしまいましたものね」


 都筑つづき悠介ゆうすけというのが、宿泊カードに書かれた名前だった。決済システムに問い合わせても間違いないから本名なのだろう。


「お仕事を終えていたところに、本当にお騒がせして申しわけありません」


「いいえ。いろんなご事情をお持ちの方がいらっしゃいますから、それは大丈夫ですよ」


 ロビーのソファーに腰を下ろした悠介も、疲れているように見えた。それでも眠れないのだろうか。


 やはりこの二人はただの旅行客ではない。


 そうでなければ、滞在期間が未定ということもなく、帰路につくか次の目的地に向かって出発するのが普通だからだ。


 このALICEポートが二人の「目的地」だとすれば、弥咲が驚いていた長旅には何かしらの理由があるはずなのだから。


「あの……、私でよろしければ、お話を伺ってもよろしいですか? 何が助けが必要なら……」


 この夜の到着といい、不思議な組み合わせの二人組ということもあり、何らかの事情……、しかもあまり表に出せないものがある。


 ただ、決済システムだけでなく共有保安情報を調べてみても、この悠介という人物について少なくとも警察などから追われているお尋ね者でないことは確認できている。


 ただ、それはあくまで現状は罪は犯していないという意味であり、民間レベルに落としてしまえば、誰かの恨みを買って追われるなどということもあり得る。


 それでも、悠介と可憐の二人を見ている限り、渚珠の頭の中で危ないという警報は出ていない。


「そうですね、もうこの場所にたどり着けたのですから、お話をしてもいいのかも知れません」


 渚珠の前で、彼は疲れたようにため息をついた。






「弥咲ちゃん、夜中に起こしちゃってごめんね」


「ううん、そんなのは気にしないでいいよ。でも、あたしを希望してきたって?」


 深夜で申し訳ないと詫びながらも、悠介の口から弥咲の名前が出てきたこと。


 そして、彼らが弥咲に救いを求めてきているということが分かった。


「分かりました。呼んできますので、ここでお待ちいただけますか?」


 悠介が頷いたのを確かめてから、急いで弥咲の部屋に向かって、ドアをノックした。


「渚珠ちゃん、どうしたのこんな夜中に?」


「あのお客さまね、弥咲ちゃんに会いたくてここまで来たんですって。他には頼れないみたいで……。そうなると、わたしが聞くより直接話してみたほうがいいかなって……。きっと技術的なことだよね」


「そっか。分かった。すぐに着替えるから先に戻っていてくれる?」


 渚珠がその話をすると、弥咲は嫌がりもせず、すぐに着替え部屋を出てきてくれた。


「お待たせしました。秋田弥咲です」


 静まりかえって、1箇所だけ明かりを付けているロビー。


 扉を開けて制服で現れた弥咲に、悠介はようやく顔に安堵の表情を浮かべた。


「ご迷惑をお掛けすることは重々承知しています。ですが、もうあなたにしか頼るところが無いのです……」


 深々と頭を下げた悠介に、渚珠と弥咲は顔を見合わせた。


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