第75話 新しいメンバーはお医者さんです!




「どう? 渚珠ちゃんも凪紗ちゃんも、『せっかくやるならケチケチするな』って考えだって言ってた」


「うん、すごくいいと思う。でも、私一人じゃあんまり立派にやりすぎても……。それぞれ専門医さんはいるから、そこにつなげるようにはしたいかな」


 渚珠の説明を受けたあと、看護師として唯一の担当だった奏空と設備の話をしている中で、美桜も彼女なりのビジョンが見えてきているようだった。


「でもねー、今朝からうるさくてねぇ」


「えっ?」


 意外な発言にドキッとする奏空。


 緊張の奏空を見て、美桜は違う違うと手を振って笑った。


「実はね、昨日の夜中で渚珠ちゃんとの優先権が切れちゃってるの。だから、求人のメールがね」


「そ、そうなんだ……」


 渚珠が期限までに美桜を獲得できなかったということは、きっと広まってしまっただろう。昨夜の渚珠はもちろんそれを知っていてのことに違いない。


「でも安心して。ってのも変なんだけど……」


 美桜がそこまで言ったとき、突然緊急アラームが鳴った。


「な、なに?」


『奏空ちゃん、美桜ちゃんと一緒?』


「うん」


『一緒に来てくれる? 二人の出番だよ!』


「えぇ?」


 とにかく急いで事務室に二人が戻ったときには、凪紗と弥咲は既に出動準備を整えてくれていた。


「客船で急病人が発生。医務の人が降りちゃった後だったので救急要請になって、一番近かったのがここってこと」


「了解、渚珠ちゃんは?」


「もう、ヘリの中でお待ちかねだよ」


「早いんだぁ。美桜ちゃんも一緒に来られる?」


「制服じゃなくて大丈夫ですか?」


「あ、それなら、私の持ってくる。機内で着替えて?」


 身長が同じくらいの奏空の予備を凪紗が渡してくれる。


「詳しい状況はこちらからも伝えるし、機内から連絡しちゃって平気だから」


 外にでると、すでにヘリコプターはエンジンをかけて待っていた。


「渚珠ちゃん、装備品は?」


「救急搬送の用意と、応急キットは持ってきたよ」


「OK、じゃぁお願い」


 奏空が扉を閉め終える前に、渚珠は機体を持ち上げていた。


「こちら救急です。ノースウェスト便応答どうぞ」


 渚珠の航空無線とは別に、奏空は客船と連絡を取り始めていた。


 距離が60キロ、到着まで約15分。状況が聞ければそれだけ対応も用意できる。


 食事を終えたとたんに倒れてしまったとのこと。


 他の乗客には症状が見られていないが、意識が朦朧としていたりとあまり楽観できる状況ではないという。


「たぶん、急性食物アレルギー反応ですね……。抗ヒスタミン材のアンプルがありますし、点滴もあるから大丈夫」


 制服に着替え終わった美桜を見て、奏空が歓声を上げる。


「やっぱり似合うんだぁ。うん、ピッタリ」


 そうこうしているうちに、目的地が見えてくる。


 旅客船としては大きめで、ヘリポートもあることから、渚珠がこちらを選択したわけだけど、狭い場所にピンポイントに降りるのは後ろから見ていても緊張するもの。


「じゃあ、降りるから注意してて」


 船上では突然現れたこの騒ぎに、乗客が驚いていて、船員が近づかないように止めている。


 この機体でもギリギリのヘリポートに渚珠は落ち着いて着陸させると、奏空と美桜が飛び出していった。


「松木キャプテン、あの方は?」


 船の船長は機体を固定し終わった渚珠と一緒に現場に向かいながら尋ねた。


「小島美桜さん、私たちの新しいメンバーです。お医者さんです」


「彼女が……」


 この船長にも、渚珠のチームに新メンバーが増えるかもしれないという情報はあったのだが、その名前は知り合いの中でもよく話題にあがっていたものだったから。


 二人が医務室に到着した頃には、美桜による鎮静の注射と点滴が始まっていた。


「普段、大丈夫だと思っている食品でも、疲れなどで急に症状が出るときがあります。落ち着きはじめてはいますが、念のため病院に連れて行った方がいいと思いますが」


 ヘリコプターの残りの燃料で飛べる範囲で病院を要請する。


 これまでの奏空が要請するときと様子が違う。美桜が医師として診察を終えているし、搬送先まで付き添うことを知らせると、あっという間に話がまとまった。

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