第62話 美桜の就活エントリー




「移民局でどこか求人出てないかなぁ……」


 時間を見ると、まだ午前中。


 両親は病院へ仕事に出ているし、兄は今日は用事があると言っていた。昼食は自分で作らなくてはならないなら、外食しても構わないだろう。


 来た道を引き返し、省庁が集まっている地区の建物に入っていった。


「こんにちは……」


 この移民局の庁舎は、先般の医師免許の登録で何度も訪れていた。


「いかがなされました?」


 あんな発表があったにも関わらず、オフィスは空いていて、相談ブースに待たずに通してもらえた。


「実はですね……」


 美桜は申し訳なさそうに事情を話していく。


 このまま家族と一緒に新しい場所に移ってこれまでのようにやっていけるのか。


「なるほど。美桜さんとしては、ご家族から独立してでもこの近くのコロニーか、アルテミスとかと言うわけですね? ちなみにアクアリアはいかがですか?」


「アクアリアですか? 行けるんでしょうか? 私でも?」


「受け入れの勤務先がアクアリアであれば、もちろんそれはあり得ますよ。条件に入れて構わないですか?」


「はい」


 係の女性は、美桜のデータと、求人のデータを見比べていく。


「あらっ?」


 突然、画面上にメッセージが表示される。


「どうしたんですか?」


「いえ……、よく分からないんですけど、本部に連絡をと出てしまいまして。このお話は私が責任を持って結果をお知らせしますので、お待ちいただけますか?」


「忙しいのにごめんなさい」


「いえ。誰だって行きたくない場所で永住はしたくないですもんね」


 美桜は礼を言って自宅に戻った。


「ただいま」


「おかえり。どこ行ってた?」


「お兄ちゃんは?」


「友達んとこ。あっちはアルテミスに移ることで話が進んでるんだってさ」


「私も……、移民局でお仕事探してもらってる」


「そうか……。確かにマールスは美桜には厳しいところかもな。まだ小さな事故もいろいろ起きてるみたいだし。美桜が安心して暮らせるところが他に見つかるなら、反対はしないぞ」


「うん。ちょっと探してみるよ」


 美桜は家族全員の夕食を作りに、キッチンに向かった。





 美桜が移民局を訪ねた週末の夕方、移民局で受付をしてくれた係員から彼女の元に連絡が入った。


『来月なんですが、この付近の医療関係者の共通説明会があるんです。担当の方もいらっしゃるようで色々話が聞けると思います。出てみますか?』


「分かりました。行きます!」


 その後、エントリーフォームが送信されてきて、美桜はすぐに電子サインをして返信した。


 この瞬間、美桜の運命が劇的に変わることになるとは、美桜も彼女の家族も知る由もなかった。





「ついに五人目が来たか……」


「そうですね。もちろん、全員の合意が必要ですけれど」


 モニターを見ていた二人はもう一度、その署名者を確認していた。


「全ての条件も間違いありません。連絡をお願いします」


「分かった。あの所長さんだもんな。大丈夫だろう」


 キーボードの上を指が走り、宛先の欄には一人の少女の顔が表示された。


「松木所長、頼んだよ」


 画面にメッセージ送信ダイアログが表示されて消えた。

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