第61話 私が行ける場所ってあるのかな…




「どちらまで行かれますか?」


 船のドッキングゲートに向かうエレベーターの場所にで自動走路を降り、セキュリティチェックを受ける。


0ゼロG展望台に行きます」


 美桜は先日交付されたばかりの新しいIDカードを提示した。


「どうぞ。お気をつけて」


 ゲートを抜けて、シースルーのエレベーターに乗る。


 ぼんやりと外を見ている内にゴンドラが動き出し、だんだんと体が軽くなっていくのを感じる。


 エレベーターを降りる頃には、また元のように歩けるようになったけれど、美桜が目指す先は目立たない一区画だ。


「あ、美桜さん。いらっしゃい」


 ドアには無重量展望台と書かれているが、あまり知られている場所ではない。


「今日はどうですか?」


「いつもどおり、相変わらずガラガラですよ。ごゆっくり」


「うん、ありがとう」


 扉を開けて、薄暗い部屋に入っていく。


 足元がふわりと浮いて、美桜は横にある手摺を持ってそのフロアに入った。


「今日は向きがいいなぁ」


 窓からの景色には、美桜が生まれる遙か以前、月と地球と呼ばれていたふたつの星、アルテミスとアクアリアが見えている。


 美桜が暮らしている、L1-1棟と呼ばれる場所は、いわゆるスペースコロニーと言う種類の、いわば巨大な人工衛星だ。


 美桜には少々難しい話だったけれど、L1とはこのアクアリアとアルテミスとの位置関係からコロニーの設置に適した場所、ラグランジュ点から付けられた名前だと言う。1棟とはここに最初に作られたコロニーと言うことだ。


 約200年前、当時の地球を脱出し新天地を求めた人たちが当時の最新技術を注ぎ込んで造り上げた永住型のコロニー。


 この1棟は車輪型と呼ばれるタイプで、自らを回転させることで人工的に重力を作り出す。一番外側の壁で、美桜たちが普段生活する1Gを作り出すため、輪の中心はほとんど重力が無い。


 そのため、重力を必要としない設備や、星間の発着ドックなどが設置されている。また、小さいながらも展望台が置かれて、自由に見学することもできる。


 そんな施設があっても大抵はガラガラで、美桜のように、気分転換に来る常連が多い場所ではあるのだけれど。


 明かりはほのかに灯っているだけなので、美桜はぷかぷか漂いながらぼんやりと星空を見ていた。


「はぁ……、ここともお別れかぁ……」


 さっきの話を思い出す。


 確かに建造から200年も経っていることを考えれば……。常に改修はされているけれど、根本的な部分から見直さなくてはならない構造や箇所もあるだろう。


 永住型とはいえ、自然の星が母体となっている開拓型コロニーとは思想が違うのも仕方ない。



 彼女の問題はそこではなく、この先に美桜がどこで暮らして行くかの部分だ。


 形から入れば、美桜はもう一人前と認められている。


 居住スペースが限られているコロニーでは家族全員が一緒に暮らしているものの、美桜が独立することも規定上では可能だし、人工衛星型コロニー以外ではそれが自然だとも聞いていた。


「さすがになぁ……。マールスはなぁ……」


 彼女が危惧しているのは、小島家がこの先の居住地を、新しく開拓が進んでいる、昔は火星と呼ばれていたマールスに計画をしていることだった。


 もちろん新しい開拓地となれば、医者の存在は必須であり、この一家が入植すれば喜んでもらえるであろう。


 唯一の問題と言えば、美桜自身の適応性だと思っていた。


 美桜は昔から本当に優しい子だった。ところが白衣を脱いだときの彼女は少々気が小さいところがある。


 完成されたスペースコロニーの中では、安心して自分の意志を表現していけるのだけれど、果たして新しい、まだ未完成の地に赴いて暮らしていけるのか。


 自分が自信を持って働ける場所があるのか。


 また、美桜が大好きな日光浴がマールスではまだ出来ないし、そもそも太陽からの絶対的な距離の関係もあり、光もかなり弱くなっているから今のところ人工照明がメインだという。これも美桜に決心を鈍らせている要因のひとつだった。


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