episode5 天使に会いたくて
第60話 突然移住と言われたって…
「みんな、ちょっと集まってくれ」
日曜日の朝食のあと、父親の呼び出しに、自分の部屋のベッドに寝転んでいた
全員が再び集まったダイニング。
「どうしたの? 難しそうな顔をして?」
地区の朝会から帰ってきた父親は家族を見回して口を開いた。
「この、L1-1棟は来年から全面改修に入るそうだ。居住者は一時的に別の場所に移るか移住という選択肢になるそうだ」
「一時的と言っても、全面改修になれば数ヵ月って訳じゃないよな」
美桜の兄も腕組みをしていた。
「そのとおり。少なくても10年近くのプロジェクトになる。そのため、移住先への転居費用は公費で出ると言っていた」
「この1棟はその間どうなるの?」
これまでにも小さな改修工事で一時的な仮住まいは経験したことはあるけれど、父親の話しぶりではどうやらそのレベルではなさそう。
美桜には、この住み慣れた場所がどうなるのか気になる。
「まだ確定ではないらしいが、一般的な居住者はほとんどいなくなる。作業員が居住区に入ることになる。ただし安全が確保できる区画は次々に移動していくから、作業員の家族は近くの2や3棟に移ることになるだろう。外層も作業するそうだから、作業用ロボットを使用したとしてもエアロックを使うような工事になりそうだ。遅かれ早かれ我が家も立ち退き対象になるだろうな」
「そうなんだ……」
「美桜も、インターン終わったことだし、この先のことを少し考えてくれるか?」
「……うん。分かった」
まだ分からないところも多いらしく、その日の話はそこで終わった。
「ちょっと出掛けてきてもいい?」
「あぁ、気を付けておいで」
美桜は家を出ると、自動走路に乗って、彼女の好きないつもの場所に向かった。
小島美桜、この春にミドルスクールを卒業。インターンを経て、正式に医師免許を取得した。
美桜の家族は医師一家であり、父親はもちろん兄も既に開業医として活躍しているし、母親も看護師だ。
そんな家族の末っ子である美桜は、その環境から自然と同じ道を目指してきたのだけれど、その天性の素質は周囲だけでなく家族をも驚かせてきた。
インターンに入った直後から、分かりにくい断層写真から初期の病巣を見つけ出したり、患者の診察は丁寧で判断も的確だった。
実地研修中は父親の監督責任の元に手術室にも入って、実際のオペにも立ち会ってきた。縫合などは間違いなく兄よりも上手と言われている。
インターン最後の頃は、特に女性患者については、美桜に任せて実績を積ませてもらっていた。
そんなこともあり、一家では一番の将来株と言われているし、インターンが終わってからも彼女を指名して診てもらいたいという患者も後を絶たない。
医療従事者の認定試験に合格し、医師免許を正式に取得してからは、非常勤医師として父や兄の手伝いをして過ごしている日々だった。
今朝の話は、そんな日常がまもなく終わりを迎えるということだ。
一般居住者にまで話が回ってきたということは、「詳しくはわからない」と言っていた父親にも話されていないだけで、立ち退き日程も近く公表されるだろうと予想された。
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