第59話 ずっとここにいてよ…
各自部屋に戻って、渚珠は久しぶりに窓を開けた。
やはり、波の音を聞きながら星空が見られるこの部屋がいい。
「渚珠ちゃん?」
「あ、奏空ちゃん」
部屋の外を散歩していたのだろう。彼女をデッキのテーブルに招いた。
部屋の冷蔵庫から飲み物を持ってくる。
「奏空ちゃん、本当にありがとうね」
「え? 私は何も出来なかったよ?」
どうしても技術陣の二人に比べて、今回は影が薄くなってしまった感のある奏空。
「知ってるよ。奏空ちゃんが桃ちゃんに誰よりも先にわたしたちが無事だって電話してくれたって。だからアルテミスで準備が間に合った」
「それ、みんな知ってるの?」
「ううん」
桃香が話してくれた。絶望と言われた中、その一報を桃香は父親に報告。彼は一番高軌道にある補給ステーションの高度を更に上げ、船を迎える準備を進め到着までの時間の短縮を計った。
あれがなければメインエンジンが使えない船では降りていくことができず、そこまでの軌道修正に数時間以上を必要とした。その状態では、全員無事は達成できなかったかもしれない。
「渚珠ちゃんにまた会いたかった。それだけだった。本当はあの船の軌道情報を漏らすって大きな違反なの知ってたけど……。だから、処分も受けるよ」
弥咲も凪紗も知らない彼女の功績。
ジャック船長も言っていた。この軌道にいてくれて助かったと。しかしアルテミス出身の渚珠は直感で偶然とは思っていなかった。誰かがこの場所を指示したはずだと。
うなだれている奏空の前に立って、そっと髪を撫でたあと、彼女の右耳を自分の両胸の間に押し当てるように抱き寄せた。
「奏空ちゃん……聞こえる?」
柔らかいパジャマを通しても、渚珠の鼓動は奏空に十分届いていた。
「うん。渚珠ちゃんの心臓の音がするよ」
「奏空ちゃんとみんなのおかげで動いてるんだよ。命の恩人だよ」
渚珠は奏空の涙を指でぬぐった。
「わたしだって、一歩間違えればハイジャックだもん。今回の事故はね、いろいろあったけど、誰も処分はないよ。みんなが頑張ってくれたおかげだよ」
その話はここに戻る船内で済ませてきた。確かに細かく言えば問題が無かったわけではない。それが結局のところ初動に救出手段を行使できなかった運行本部に非難が集中してしまった。
「その代わりねぇ、今回のやり方をマニュアルに落として公開するってことなんだけど、それはわたしのお仕事だし。奏空ちゃんは何も心配しなくて大丈夫」
「本当に?」
ようやく奏空が顔をあげた。
「うん。わたしもみんなと一緒にいたいし。わたしの居場所はここなんだぁって」
「渚珠ちゃん……」
「だから今日ね、みんなのこと見たら、わたしも泣きたくなっちゃって。でも奏空ちゃんも凪紗ちゃんも泣いちゃったからね。同じだよ」
満月を見上げる渚珠。今度こそ彼女は故郷に別れを告げてきた。
「もう、他に行くところがないんだぁ」
「ここにいてよ。ここを渚珠ちゃんの故郷にしてよ」
「うん、ありがと。そうさせてもらうよ」
寂しくないと言えば嘘になる。でも、新しい門出を祝ってくれる仲間たちがいてくれる。『ここでいいんだ』と言い聞かせてみる。
そんな渚珠の気持ちを落ち着かせるように、夜風と波の音はいつまでも奏でていてくれた。
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