第58話 最強と言われても実際は…ね




 あの事故の影響は本当にこちらが恐縮してしまうほどで、係員があちこちで作業を止め最敬礼をしてくる。私服にしてくればよかったかと思ったほど。


 でも、関係者なら顔でバレてしまうかと、せめて髪型を変えるのが関の山だった。


「ただいまぁ。あうぅ奏空ちゃん……」


 いつものシャトル便で、久しぶりにALICEポートの岸壁に降り立った渚珠。仕事で出迎えに来ていた奏空はボートが見えなくなると、その場に座りこんで泣き出した。


「渚珠ちゃんだよね、嘘じゃないよね?」


「うん、ただいまぁ」


 渚珠も奏空の前にしゃがんで声をかけた。


「あ、そうかぁ……」


 帰り道、あまり話しかけられないように、髪の毛を後ろで一つに纏めてきた。


 もうそんな心配も要らない。いつも通りに両サイドのツインテールにヘアゴムで結わえ直した。


「お帰りなさい」


 後ろから二人の足音が聞こえた。


「ただいまぁ。本当に助けてもらってありがとう」


「こっちこそ。あんな状況からねぇ。無事でよかった」


「奏空ちゃん、ほら、ごはん用意したんでしょ? 泣いてないで準備お願い」


「うん」


 走っていく奏空。渚珠の荷物を持って弥咲はその後ろ姿を見つめていた。


「奏空ちゃんさ、あの後もほとんど寝れなかったんだよ。お客さんいないのに、毎晩カウンターにいてさ」


「奏空ちゃん……」


「今朝も本当に早くから準備してたし」


 食堂に着くと、二人が言うとおり、テーブルの上には奏空の手料理が並んでいた。


「渚珠ちゃん、お帰りなさい」


「いやー、本当に寿命が縮んだわぁ」


 久しぶりに四人そろっての食事。話題はやはり一つしかなかった。


「みんな、かなり無茶ぶりしたって聞いてるけど、どこかから怒られたりしてない? わたしが帰ったらあちこち連絡するって言っておいたけど」


 帰りの便のなかで、チームが自分たちを助けるために、超法規的なことも数多くやったと聞いてはいた。


「そんなの大丈夫。報告書なんかとっくにやっつけておいたから。あれだけのトラブルで全員無事到着だもん。文句なんか言わせなかったよ」


 凪紗が言うのだから間違いないのだろう。


「そうそう。秋に修学旅行で来ていた桃香ちゃんたちね、今年の冬くらいかなぁ……、新しいポートを作りに来るよ」


「え? そんな話が進んでたの?」


「それがねぇ……」


 卒業式の後からの一件を話すと、他のメンバーもすでに興味津々だ。


「それかぁ……。なんか最近さぁ、知り合いとかから問合せ増えたんだよなぁ」


 弥咲のところにもそんな話が入っていた。


「数が増えるのは嬉しいけど、うちもレベル落とさないようにしないとね」


「みんな、うちが目標だって言うんだもん。嬉しいような……でもプレッシャーだよぉ」


「大丈夫よ。『渚珠チーム』は最強だって。今度から緊急事態の第1報組に入ることになったから」


 優秀なメンバーだらけでも大変な話だ。


 一般の旅客だけでなく、危機管理などについては関係者の見学や意見交換など申込みでスケジュールがいっぱいだという。


「ここは誰が欠けても駄目なんだよ。初代からそうやって乗り越えてきたんだから」


 そう、その昔ALICEポートを立ち上げたとき初代メンバーはわずか五人。


 渚珠の先祖でもある朱里は最も信頼できる最高のメンバーだけで最後まで乗り切った。


 誰も欠けてはいけない。今も彼女たちはこの島で五人一緒に眠っている。それだけの信頼感がここの秘訣だ。


 一度に多くの仕事を担当は出来ないけれど、やると決めたらどこにも負けない。


「あとは、お医者さんだよね。どこにいるのかなぁ」


 空いている個室、つまり定員は残り一人。200年前からの約束を果たすのが渚珠に託された願いだ。


「明日から忙しいから、今日くらいゆっくり休んだら? 今日までは凪紗が所長代理だから」


「うん。あ、これ凪紗ちゃんに渡すね。ここでやらないと気がすまないでしょ?」


 凪紗に鞄から取り出した辞令書を手渡す。彼女は受け取って中を開いたけれど、なかなか言葉が出てこない。


「凪紗ちゃん?」


「渚珠ちゃん……。もう会えないかとどこかで思ってた……。よく無事に戻ってきてくれて……」


 最初に出迎えた奏空にも負けないほどの号泣は、最初に事故の情報を見て叫んだときから、最悪の事態が頭から離れなかったから。


「わたしもね、あのモールス信号を聞くまではダメかもって……。でも、準備してくれていた。ありがとうみんな……」


 すでに「史上最強の司令官」と呼ばれるようになっていた凪紗。このときは15歳の泣き虫な少女に戻っていた。


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