第57話 …行ってくるね?
翌日、礼を言って一人で家を出た渚珠。
平日だったし、みんなに送ってもらったりしたら、決心が鈍ってしまうかもしれない。
元々今日からはこれが本来の自分の姿だ。この先は一人で歩いていかなくてはならない。
学校卒業と同時にアクアリアへ籍が移った渚珠。
生まれ育ったこの街を住人として歩くのは最後になる。少し歩いて目に焼き付けておきたかった。
生まれてから両親と暮らした部屋を見上げる。もちろんそこには今の住人が暮らしているはずだ。
よく買い物をしたお店や学校の前も通った。
最後にひとり、両親の眠る場所に向かう。
「この間はありがとう……。誉めてもらえるかな……、それとも無茶したって怒られちゃうかな……」
二人を亡くした原因を知れば知るほど、同じ道に進むことについて何度も悩んだ。それでも自分の事を何度考えても他に道は見えてこなかった。
「これでね……、なかなか会いに来られなくなっちゃうけど、頑張ってくる」
ヘルメットの中で涙がこぼれた。
「行ってきます」
後ろを振り返らずにエアロックに戻る。圧力調整の作業が完全に終わる前から、宇宙服のヘルメットを外して顔を拭った。
そこからは連絡船の出発ゲートに足を向けた。
途中、幼い頃に遊んだ公園にも立ち寄った。当時は広いと思っていたけれど、今になりあの場所を知ってしまうと小さな味気ない広場だと思ってしまう。
空調が効き、常に心地よいのだけれど、その分季節感もない。もしかしたら、最初から自分がこの先の人生を歩いていくのはこの星ではなかったのかもしれない。
実際に、自分が両親から教えられたのは、この星での生き方ではなかったと思うようになった。アクアリアで急かされない生き方の方が合っていると見抜いていたのだろうか。
全ての手続きを終えて、待合室でぼんやり外を眺めているときだった。
「渚珠!」
「あれぇ、みんな……どうして?」
桃香たちのチームだった。今日から訓練に入ったと思っていたのだけど。
「松木さん、もう出発ですか?」
「あ、村沢教官。ご無沙汰してました」
渚珠が訓練をしていた時の担当教官だった。
訓練初日ということで、各所の見学と挨拶に回っていたとの事。
「落ちこぼれのわたしをここまでしてくれた教官だから、絶対に大丈夫だよぉ」
「他の訓練生でこんなことしてるチームなんて無いってんだけど?」
不思議がるメンバーに、渚珠は小声で耳打ちした。
「わたし、アクアリアで待ってるからね」
もうこっそりデータを確認するまでもない。
彼女は確信していた。半年から1年後、このメンバーは新しいポート開設のためにやって来る。
そのために、校内で一番実績のある教官をつけたのだと。
「それでは、行きますね」
帰りも高速船を使っての旅だ。あんなことがあっても渚珠には特に事故の影響はない。
何かあれば……、また目的地へ到着するための手段を考えるだけだから。
あれだけ過酷だった行きに比べ、帰りは退屈に感じてしまったほどだった。
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