第50話 時間との戦いになりそう…




「さてと、最後の仕上げに入りますか……」


 同じように管制室の椅子をリクライニングして目をつぶっていた凪紗。目覚まし時計のアラームで体を起こした。


「1592便、こちらALICEポート」


『凪紗ちゃん、おはよう』


「少しは休めた?」


『うん、船長さんがもうすぐ起きてくるよ』


「了解。もう少しだからね。頑張るんだよ」


『うん。帰りはおみやげたくさん買っていくね』


「みんな、渚珠ちゃんが帰ってきてくれればそれが一番だよ」



 マイクを切ってから、隣で難しそうにしている弥咲に顔を向ける。


「どう?」


「そうだねぇ。ちょっと厳しいかも……」


「どのくらい?」


「そうだなぁ……。1時間弱てとこ」


 弥咲が表示を睨み付けている。


 昨晩遅くから、これまでの望遠鏡アンテナを使わなくても、アルテミス経由での通信が可能になっていて、それと同時に、船内の各状況がデータでも分かってきた。


 その結果、船内呼吸用の酸素残量が若干足りない。漏れているわけではない。もともと2日そこそこの飛行時間を4日目に延ばしているのだ。これでも相当節約しての運用だったけれどそれも限界に来ている。


「これ言っておく?」


「まだどっかに残ってるはず。それまで待ってて」


 弥咲は船の図面を広げて、髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。






 仮眠していた船長も起きてきて、三人体制に戻った。


 この日の最初の作業は、最終的にドッキングする補給ポートの軌道に入るための減速だ。


 そして、凪紗は最後の仕上げを話した。


『私たちが地上からナビゲートできるのは、補給ポートから30メートル手前まで。そこから先は通信遅延を考えると危なくて出来ないから、船でお願いします』


 つまり、最後の瞬間はこのコックピットの三人が全てを決めなければならない。


「とにかく、一つずつやっていくしかないな」


 前日の軌道修正は三人がかりの作業だったけれど、今回のはスピードを落とすだけなので、ジャック船長一人の作業だった。


 数時間後、ついに目指す補給ポートの姿がみえてきた。


「さぁ見えてきたぞ」


 目的地が見えてくれば、必然的にテンションも上がる。


「長くてもあと1時間だな」


 ようやく、この旅も終わる。そう息をついたときに、コックピットにアラームが響いた。


「なんだ?」


「船長、酸素です。あと20分で切れます」


 ドッキングまではあと1時間。さすがにこれだけの乗客がいる。機内の空気だけで40分を乗りきれるとは思えなかった。


「ここまで来て……」


『渚珠ちゃん! アラーム出た?』


「うん、出たよ。酸素あと20分」


 弥咲からの問いかけは、そのタイミングを待っていたのだろう。こちらも最低限の読み上げで済ます。異論が帰ってこないことは当たっていることを意味していた。


『いい? もし、それが切れても40分は延ばせるから』


「どうやって?」


『非常用の客席酸素マスクがあるでしょ? あれのバルブのすぐ横にある客席マスクに送るパイプを外して。そのあとは非常モードでスイッチオンね。ただし、あのバルブは一度動かしたら止めることができないから、今のタンクが完全に空っぽになってからにしてちょうだい』


 ほんの数分前に弥咲がひねり出した答えだった。


『それでも足りないときは、作業用の宇宙服に少し入ってる。ホース外して出せば少しは呼吸に使えるよ』


「まったく、君のところのエンジニアさんはすげぇや。よし、やるぞ」


 客室のアテンダントに先ほどの手順を船内用に落としこんで伝えた。





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