第49話 自分に課した目標が高すぎるんだ…
渚珠は俯いたまま言葉を続ける。
「無事に着いたら、わたしはこの機内にいる弟と妹を連れて家に帰ります。あの子達をちゃんと連れて帰ると約束しましたし……」
きっと独りになってからここまでの歩みは想像を絶するものだったに違いない。普通ならこの道に入ること自体嫌かもしれない。
「わたしには……、これしか無かったんです。アルテミスでは迷惑ばかりかけていました。何事も遅いし、頭もよくありません。みんなのお荷物だって分かってました。一人で生きていくために……これしか……道が無かったんです」
握った両手の上にポタポタと涙が落ちた。
自分の尊敬するあの二人が遺した一人娘。
そんな環境で育った彼女は気付いていない。彼女が自分自身に求めるレベルは一般より何倍も高いところにあるのだということを。
瞬発力を求められるアルテミスのようなコロニーでは、熟考型でもある普段の彼女は確かに鈍く見えてしまうかもしれない。しかし、モードが切り替わった時の咄嗟の判断力と先が見えたときの決断力は間違いなく両親以上に正確で超一級だ。
この業界に籍を置いて知らぬ者はいない伝説のALICEポートの総責任者。聞けば昨日が卒業式だったという。間違いなく、今日から彼女は正式にその座に就いているはず。
やはり
「大丈夫。ケンジとチヒロに誓って、最後まで無事に届けるのが俺の仕事だ。少し休んでくれ」
「はい」
やはりここまでの時間は、プレッシャーもあったに違いない。
疲れきったようにコックピット後方の補助シートに座り込んで目を閉じると、すぐに小さな寝息を立て始めた。
「凄い子だったんですね」
「さすがケンジの娘だ」
彼女一人にはまだ限界も多い。しかし、全てを信頼している仲間たちと準備が整うと、先行していたはずの周囲を一気に抜き去ってしまう。
後で知った話では、星間運行本部がどうしても連絡がとれず、やむ無くアルテミスの基地に出動を依頼しようとした頃、彼女たちは不完全ながらもすでに連絡が回復していたし、地上から軌道の計算すら終えていた。それを突きつけられて管制を引き継いだという。
どれだけ権力や仕組みを持っていたとしても、人命がかかって本気を出したALICEポートには敵わない。独立系と呼ばれる彼女たちにはしがらみがないから、冷静にその時に一番必要なものを選択して使うことができる。
失礼と思いながら、乗客リストから渚珠を探し出した。アルテミスに近くなったため、低出力のアンテナでもデータ通信が自然に回復していた。
「こりゃ凄い……」
「どうしました?」
彼女の経歴には、既に190年ぶりの正式なALICEポート総責任者という役職が加わっている。
移民局の特記事項として、彼女が初代の松木朱里の子孫だと言うことも。
「ケンジの奴、こんな凄い経歴とは言ってなかった。本当に伝説の天使じゃないか……」
ジャック船長の頭の中で、彼女の父親がニヤリと笑っていた。
『どうだ、俺の自慢の娘は?』
「あんたと同じで涙が出ちまう……。最高の娘さんだ」
ジャック船長は首を振った。
「凄いですね……」
「おいリン君、こりゃ下手な役人なんかを乗せているのとは話が違うぞ?」
「こんな可愛いのに……。これから大変ですよ」
「確かに」
二人とも、渚珠にはこのまま素直に大人になってほしいと願わずにはいられなかった。
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