第48話 あのキャプテンの娘だったのか…
「あの、松木さんは、一体どういう出身なんです?」
これまでの緊急事態モードを抜け出し、このまま約半日は何もない、つかの間の休息時間だ。
ようやく一息がつける。機内にも遅れるがアルテミスへ到着できることをアナウンスして、三人にも少し余裕ができた。
ジャック船長は突然現れてこのピンチを切り抜けた少女にどうしても聞いてみたかった。
「え? わたしですか……? たまたまの通りすがりですよ」
「いや、そんなに若くて一等航行士を持っているなんて……」
「あぁ、これですかぁ……。もう10年前のお話ですけど、アルテミスの基地で船がコントロールエラーで激突したことありましたが、ご存知ですか?」
渚珠は正面に浮かんでいる目的地の方を見ながら言った。
「あれは、航行システムにバグがあったとか?」
もちろん知っている。あの事故は忘れられないからだ……。
「調査結果ではそうなりました。システムがターゲットマークを誤認したという。でも、結局は犠牲者が出ました。最後には全部の自動制御からコンピュータを切って手動で中心を外したそうです」
コックピットと、船外から全部の制御を手動にするには、本来その数分では足りなかったはずだ。
結果的に完全に逸らすことが出来ず、機体は頭から作業用のクレーンに突っ込んで大破。しかし、もう少し遅れたりずれていたら、一般客を巻き込んだ大惨事になっていた。
最後まで操舵に携わっていた二人の犠牲者が出てしまったが、惨事を防いだと言うことで、後に表彰されている。
「……わたしの両親でした……。父は予想していました。コンピュータ任せではいつか事故が起きる。自分で動かせてはじめて一人前なんだぞ……と」
「そんな……。君はケンジとチヒロの娘さん……」
「父と母をご存知ですか?」
ジャック船長は改めて渚珠を見た。よく見れば大きな瞳の目もとは母親にそっくりだし、あの難しい瞬間での判断力や計器を見つめるときの厳しい視線はやはり父親譲りなのだろう。
渚珠が口にした言葉も聞いたことがあるし、一緒に仕事をしたことも数え切れない。頼りになるキャプテンだった。
だから、はじめて現れたにも関わらず、隣に座った時の懐かしさとも安心感を感じたのはそのためだったのか。
「もちろん……。あの船は自分が担当するはずだったんだ。しかし、前の船の到着が遅れて。ケンジとチヒロが引き受けてくれた。そして、戻らなかった……」
二人は職場にいつも娘の写真を飾っていた。そう、あの幼い娘も天涯孤独になってしまったはずだ。
その子が目の前にいる。そして、自分を助けてくれた。
「わたしで役に立てるなら、何でもします。例えそれで死んじゃうとしても……。だからそれが出来るようにするために取ったんです。なんか……、とても後ろ向きな理由ですよね」
その事故の後には、やはりコンピュータは故障するものという条件が復活し、スイッチ一つで手動に切り替えが出来るように更新されてきた。
「渚珠さん、ご両親も喜んでいますよ」
それまで静かに話を聞いていたリンがようやく入ってこれた。
「そうですかねぇ」
まだ若い彼女だが、きっと今回の活躍であちこちから引き抜きの話も出て来るだろう。
「わたしは……、誰かに認めてもらいたいとかは思っていません。みんなに迷惑をかけないように……。それだけなんです……」
あれだけの技量を持っていて、このまま全員無事に到着ともなれば、英雄扱いになってもおかしくないし、間違いなく将来も保証されるだろう。
それなのに、この少女はその声を拒絶しているのだと。
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