第34話 うちのリーダーは強くなったよ




「渚珠ちゃん、準備完了だって」


「はい。じゃあ桃ちゃん、気を付けてね」


 最後まで残っていた桃香とガッシリ握手をし、荷物を手渡す。


「あ、渚珠。これ、忘れるところだった」


 彼女は鞄から封筒を渡した。


「見ることが出来なかった写真。データじゃなくて印刷だからありがたいと思ってよね?」


「うん。ありがとう。飾ってずっと大事にするから」


 あのときテーブルの上に置いてあった物。昨日封筒を探してくれたのだろう。大切に制服のポケットにしまった。


「気を付けてね」


「体、大事にするのよ?」


 そう言って桃香は機内に入った。


「ねぇ渚珠ちゃん、みんなに顔見せておいでよ?」


「ほぇ? でも……」


 奏空も笑顔で近づいてきて、全員分の焼き菓子を持ってきた。


「これ、みんなの分あるから機内にお願い」


「もぉ……。みんなわたし泣かせるぅ」


 仕方ないので、ブリッジを渡りメインシートエリアに入った。


「松木だ!」


「すげぇ、本物だ!」


 昨日の様子を勝手に中継されていたモニターを通じて見ていた他のグループからもヒーロー扱いだ。


 なんでその場にいられなかったのかと悔しがる声が多数届いていたと朝食で教わって、「そんなこと言ってもねぇ」とみんなで笑った。



 アテンダントがモニターを付けてマイクを渡してくれる。


「えと……」


 きっと、渚珠のインターン先を公開していれば、こういうことになっていただろう。数ヵ月前にはこんなふうに注目されたくなくて、ひっそりと故郷を後にした。


 でもいまは違う。


「3組の松木です。今はこのALICEポートでインターンとしてお世話になっています。本当に今回はお越しいただきましてありがとうございました。あと、みんな見ていてくれたみたいですけど、本当に昨日はご迷惑をかけてしまいました。あれでもわたしはまだ半人前で、ここの先輩方に助けられています。卒業式までにはなんとか昇格出来るように頑張ります。その時はまた同じ教室に入らせてください」


 割れるなような拍手と歓声のなか、一礼してマイクを返し外に戻った。


「ほい、最終チェックお願いね」


 弥咲からチェック用のボードが手渡される。そこに表示された項目をチェックし、渚珠がサインをすると、出航の手続きが全て整うことになる。


「じゃぁ、コースのクリアを出してください」


「いいの? 出すよ?」


「うん。お願いします」


 チェック項目に目を通し、最後にサインをすると、ボードについているプリンタから内容が出力される。これを乗務員に渡すと、渚珠の仕事は終わりだ。


「危ないから離れてくださぁい」


 名残惜しそうにしながらも、何も残っていないことを確認して乗降用の橋を持ち上げた。


「ありがとうございましたぁ」


 補助の電源コードも外して、船体のポケットを閉じた。これで船は完全に岸壁を離れたことになる。


「ねぇ渚珠ちゃん、あれやっとけば?」


「んん? はぁい」


 弥咲と二人でまだ出発準備中のコックピットに向かって、ハンドアクションを出す。


『準備はすべて完了。順調な航行を祈る』


 両手の親指を立ててメッセージを送ると、コックピットからも良好との返事。


「いってらっしゃぁい!!」


 エンジンの音が大きくなり、ゆっくり移動を始めた機体に向かって大きく手を振る。


「行っちゃったぁ……」


 機体が見えなくなると、渚珠はようやく深呼吸をした。


「お疲れさま。頑張ったね」


「さすが、うちのリーダーは違うわ」


 奏空に頭を撫でられ、弥咲に肩を叩かれてもみくちゃにされる。


「みんながいてくれたからだよぉ。ありがとう」


 ようやく、渚珠の顔に笑顔が戻った。


 信頼できる仲間たちに囲まれて、何も怖いことはない。


 故郷を離れた彼女にも、いつの間にか居場所ができていた。


「渚珠ちゃん、頑張ったから午後はお休みにしようよ!」


「へ? でもぉ……」


 突然の奏空の提案に戸惑う。


「今日は午後誰も来ないの。予約も何もないし。凪紗ちゃんはどう?」


『そうだね。午後はみんなで買い物にいかない? 休業手続きしておくから』


「そうと決まったら急げ!」


 三人で建物に向かって走り出す。


 小さな島に再び平和な空気が流れ始めた。

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