第35話 渚珠の一足
「じゃぁ行きまぁす」
「安全運転で頼むからね」
「はいはい」
弥咲が操舵桿を握り、船は桟橋を離れて潜水を始めた。
昼食をそこそこに済ませて、四人は一番近くの第4マリンシティに向かうことになった。
「お休みにしちゃって大丈夫?」
これまで、二人ずつなどの休暇で出掛けたことはあっても、全員が島を離れることはなかったので、渚珠の心配ももっともな話だ。
「ちゃんと臨時休業にしてあるから、誰もあそこには近付けないよ。自動管制にしてあるから、よほどのことがなければ機械が勝手にしてくれるし」
凪紗の誇る管制システムは、彼女が不在でも大抵のことは自動で処理してくれるし、必要になると凪紗の手元の端末で操作もできる。
忙しい時期でなければ、こうして全員で外出することも可能だ。
ウォーターロックを抜けてマリンシティに到着する。
ひっきりなしに船が出入りをしている様子を見ていると、いくら自動管制が主流になっているとはいえ、ここの管理は大変だと思った。
「凄いねぇ」
「本当はね、弥咲も私もこういう所の仕事に就くんだろうなって思ってたんだよ」
船を降りて、ショッピングゾーンに進む。
「まさかねぇ、いきなりあそことは思わなかった」
「でも、一緒にいるのがみんなで良かったよ」
渚珠の素直な感想だ。このメンバーのALICEポートだから、楽しく暮らしていける。
「今日はみんなにプレゼントしたいから、欲しいもの教えて?」
「渚珠ちゃん?」
分かっている。このメンバーだから常識的な範囲だし、ある程度なら欲しいものも知っている。
年頃の女の子が集まれば、それぞれお気に入りの服や靴などの店を回ることになる。
一通りの買い物を済ませて、フードコートで一休みをしているときだった。
「渚珠ちゃん、そう言えばお仕事の靴新調していく?」
「昨日の雨でぐしゃぐしゃになったもんねぇ」
あの夕立で、渚珠と弥咲は着替えることもなく作業を進めたため、終わった頃には全身ずぶ濡れ。
制服は乾燥機で間に合わせたけど、靴は中が湿ったままだった。
予備があるにも関わらず、渚珠は何故かそれをいつも使っていた。
「いいお店を教えてあげる」
四人はモールの隅にある靴屋に入った。
「あら、皆さんお揃いですね」
いつもALICEポートの各自の好みに合わせて、制服の時の靴をお願いしている店で、他のポートのメンバーもよく通う、知る人には知られた店だという。
「今度から所長さんで来た渚珠ちゃんです。お願いします」
奏空が女性の店長に紹介をしてくれた。
「よろしくお願いします」
「失礼しますね……。大変失礼ですが、お客様はアクアリアご出身ではありませんね?」
「はい。アルテミスの生まれです。そんなことまで分かっちゃうんですか?」
渚珠の足を見て、そっと触れただけで店長は言い当ててしまった。
「同じ重力にはなってますけど、どうしても違いが出てしまうんですよ。凄く細くて綺麗な足ですね」
「そうそう。渚珠ちゃんは足が綺麗なんだよねぇ。スカートじゃなきゃ絶対にもったいない!」
店長は渚珠の足から履いていた靴を丁寧に脱がせた。
「ずいぶん丁寧に履いてらっしゃいますね。何度も直されて。最初の頃は痛くありませんでしたか?」
「わたしが訓練を始めたときに、無理を言って買ってもらったんです。むこうではこう言うの凄く贅沢品で……。大切に履くからって。最初は靴擦れも痛かったけど、訓練もずっと一緒に頑張ってくれて、壊れても直して貰って……」
渚珠は寂しそうだ。常に磨いて何度も直してはいるけれど、ヒールも磨り減り、中の布なども痛んでいたから、きっと買い換えを言われてしまうと思ったのだろう。
「分かりました。綺麗に直しましょう。せっかく大事にしているんですから。しばらくお預かりさせていただいてよろしいですか?」
「いいんですか?」
「もちろん。一部の部材は新しいのを使いますけど、補修してお返ししますよ」
渚珠の足形データをスキャンして整理をしている間、ほぼ同じ形の靴を持ってきてくれた。
「たぶん、新しいのはこちらで合うと思いますよ。前のはずっと履いていたから、形が出来上がってますけど、新しいのはそうも行かないから。指先とか痛くないですか?」
「大丈夫です。凄く柔らかいです」
アルテミスで売られていた最上位の靴よりも、渚珠の足を最初から優しく包んでくれている。これならば新品で悩む靴擦れもなさそうだ。
「お気に召していただけましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「壊れてしまったら言ってくださいね。出来る限り直して長く役にたってもらえるように頑張ります。あと、雨のときの用意なども今度お持ちします」
四人は礼を言って店を出た。
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