第33話 修学旅行を見送る時
昼前、桃香たちの一行はアルテミスに向けて出発することになっていた。
「また来てくださいねぇ」
メンバーの心配をよそに、その朝の渚珠はすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「松木はもう学校には戻ってこないんか?」
「そうだねぇ。卒業式とかは出られると思うけど」
先日まではすっかり好奇の注目となっていた渚珠の扱いが本当に手のひらを返したように変わっていた。
どうやら、昨日の一件は食堂で見ていた桃香だけではなく、他の面々も作業が見える部屋に集まって見ていたとのこと。
「あの見送りは格好良かったなぁ。アルテミスじゃ見えないしなぁ」
「そっかぁ……。確かにあれはうちだけだなぁ」
出発する船に対し、万全の整備で送り出すことを示すために、責任者の渚珠はコックピットに向け敬礼。手の空いているスタッフ全員で客席側に手を振って送り出すのは、世代を超えての伝統だという。
早目の昼食の後、食堂での生徒たちの準備を済ませ、一行は接岸する桟橋に移動する。
「修学旅行かぁ……。結局行けなかったなぁ」
「なに言ってるの? 旅行は帰らなくちゃならないんだから。インターンからここに自分の指定席があるって凄いことでしょ! それちゃんと認識しなさい!」
「そっかぁ」
『渚珠ちゃん、 お迎えはまもなく到着。接近コースは着水の後海上2番から。接岸はいつも通りオートでよろしくね』
「りょうかぁい」
凪沙からのホログラフに答えて、いつもの仕事どおりに接岸設備の確認を行なう。
朝のブリーフィングでの確認では、ここで最後の生徒一行を乗せ、そのまま大気圏離脱となるということ。燃料補給と点検整備を行なってからの出発となる。
「やっぱでかいなぁ……」
渚珠がアクアリアに乗ってきたのとほぼ同じサイズの連絡船が少し沖の指定エリアに大きな波しぶきを上げて着水する。
接岸に備え、念のための信号旗を持って停止位置に待機する。
「あの松木がこう変わっちゃうんだもんなぁ。他の連中にも見せてやりたいよ」
「見てるんじゃん?」
星間便の扱いとなるため、乗船中の生徒が外に出ることは出来ないが、窓側にはびっしりと顔が並んでいる。
当然の話で、渚珠がここにいるという事だけでなく、昨日の模様も部屋の中から他の生徒たち全員に生中継されていたというのだから。
定位置に接岸し、弥咲がすぐに点検作業に入る。
「お待たせしました。どうぞご乗船下さい」
これだけの連絡船となれば全員作業だ。奏空が食堂で済ませていた出発審査の書類を乗員に渡して、荷物の積み込みを始める。
音声だけにしてあるインカムから、凪紗の情報が入ってきた。
「コックピットはセルフチェック完了。補給が終わり次第出航で」
「メカチェックまもなく終わり。満タン補給完了まで……、あと5分かな」
次々に渚珠の耳元に飛び込んでくる。もちろん、最後は現場責任者でもある渚珠がサインをしなければ出航指示は出せないのだが。
「相変わらず早いんだぁ……。桃ちゃん、そろそろ時間だよぉ」
「早いねぇ。必ずあっちに顔を出すのよ?」
「一度は戻って整理しなきゃならないと思っているから、行くときにまた連絡するよぉ。あ、弥咲ちゃん! ちょっと来て」
渚珠は作業を終えた弥咲を呼んだ。
「どうしたの?」
「桃ちゃんちへのお土産。みんなで写真撮ろう。弥咲ちゃんのこと、桃ちゃんのお父さんが憧れてるって」
「またぁ、そんなこと言って」
「本当にです。昨日の作業は見ていて惚れ惚れしました」
桃香、弥咲と渚珠の三人で写真に収まる。
「あ、桃香きたねー!」
搭乗口から何人かの声がするが、桃香は平然としていた。
「渚珠のこと、笑い者にしていた罰でしょ? それに集合写真あるんだからいいじゃない」
今朝、セルフタイマーで撮った写真には、修学旅行の生徒たちだけでなく、せっかくだからと制服に身を固めたALICEポート職員全員が写っていた。
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