第32話 久しぶりの真夜中トーク




「どう? もうこっちの生活にも慣れた?」


 久しぶりに渚珠の髪を乾かしてやりながら、桃香は話題を変える。


「うん。みんないい人ばっかりだし。最初はちょっと生活習慣も違うから戸惑ったときあったけど、今は不自由ないかな」


 どうやら、桃香の心配は杞憂に終わったようだ。それは長年一緒に過ごしてきて声でも分かる。


 奏空が運んできてくれた二人分の遅い食事は具材たっぷりのシーフードクリームチャウダーにポテトサラダと丸パン、オレンジジュースだった。


「桃ちゃん、フレッシュジュースはむこうでは飲めないから明日の朝も飲んでいっていいからね?」


 雨は降り続いていたけれど、吹き込んではいなかったので、ベランダのテーブルで食べることにした。


「昨日の夕食も凄かったけど、毎日こんなの食べられるなんて羨ましい!」


「奏空ちゃんのお料理おいしいよね」


「なんか、前もこんなことしてたよね。親に怒られてさぁ、ベランダ飛び越えて行ったりしたよ。そうすると、いつも渚珠が話し相手になってくれてた」


「そんなこともあったねぇ。外は真っ暗だったから危ないときもあったけどね」


「そうそう。眠いときにも押しかけちゃってさぁ。でも渚珠がいつも迎えてくれたし」


 桃香しか知らない渚珠との真夜中の時間。アルテミスでは少し浮き気味だと思っている他のクラスメイトと違い、彼女の素の姿を知っているから、桃香は渚珠の理解者であり続けた。


「桃ちゃんにも心配かけちゃったね」


「いきなりインターン先がアクアリアだって言うんだもん。少しは相談してもらっても良かったのに」


「うん……。でも難しいって分かってたし、申し込んではみたけど行けるって自信もなかった。あんまり成績もよくなかったしね……」


 一番近い桃香にも渚珠は今回のアクアリア行きは直前まで計画を明かすこともしていなかったのだから。


「なに言ってるの。そのために勉強してたんなら、もっと応援したのに」


「心配させて、本当にごめんね」


「元気そうで本当によかった。ほっとしたよ。ここに泊まるって決めて予約したの、あたしだから……。渚珠にも迷惑かけちゃったね。こっちこそごめん」


「そうだったんだぁ。ううん。いいんだよ。いろいろあったけど、なんか前に戻ったみたいで、ちょっと懐かしかったし……」


「えぇ? なにそれ。渚珠ってそんな気があったの??」


「そ、そんなことないよぉ。きっと、あの学校には戻れないよ。みんなも、わたしがいなくてもだれも気づかないくらいだと思うし……」


 渚珠がそのような扱いを受けてしまったのは、なにも最近に始まったことではなかった。


 決して性格が悪いというような、渚珠に欠陥があるわけではない。ただ、彼女が持って生まれたペースが、アルテミスの生活リズムからすると、かなりゆっくりとしているため、どうしてもワンテンポ遅いことで周囲から浮き上がってしまう。


 場所の違いではあるものの、絶対的なリソースが限られてしまうアルテミスのような移民先では即断ができるような瞬発力を重んじてしまうような風潮が残っているから、彼女のような性格はどうしても少数派マイノリティになってしまう。


「あたしは寂しかったわよ。いつまでたっても帰ってこないしさ? 夜中に忍び込むことも出来ないし」


「今はあの部屋変わっちゃってる?」


「ううん。まだそのままみたい。灯りも消えっぱなしだし」


「そっかぁ……。たぶん、わたしは卒業したらあのお家には帰れないだろうから、そのうち片付けられちゃうかもしれないけど……」


 アクアリアに出発する直前に部屋を掃除してきた渚珠。


 新生活のために発送した荷物は衣料品と両親の遺品などを含めてもほんのわずかで、ほとんどの私物を処理してきていた。


 当然幼いころからの思い出もたくさんある。それでも渚珠は新しい生活に賭けたかったし、他の道はないと思っていた。


「でも、一番上のお姉さんが居なくなって、二人が寂しそうにしているわよ?」


「そっかぁ。悪いことしちゃったとは時々思うよ。落ち着いたら呼んであげるつもりなんだ」


「それがいいよ。今日見てたらみんなイメージ変わったみたいだしさ。あと、はむこうにいるんだから、たまには里帰りするのよ?」


「うん、必ずするよ。指きりげんまん」


 二人の話はとりとめもなく続いて、渚珠は空が白み始める頃に桃香を部屋まで送っていった。


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