第31話 みんな考え直すよ。あの姿見れば…




「ふえぇ、びしょびしょぉ」


 ポタポタとしずくをたらしながら渚珠が玄関先に戻ってきた。


「お疲れ様ぁ」


 現場の交換作業と平行して、管制塔からシステムの再点検をフル機能を使ってやっていた凪紗が出迎える。渚珠と一緒に交換作業を行っていた弥咲も、同じようにずぶ濡れで戻ってきた。


「渚珠ちゃん、凄いじゃん。あたし一人じゃ時間守れなかったわぁ。本当に助かった!」


 弥咲が渚珠の肩を叩く。その様子からもお世辞ではなく、渚珠がシステム的な話にも十分ついて行ける人材であり、弥咲はそれを素直に喜んでいることが分かる。


「二人は休んでいいよ。フロントは私が当番するから」


 本来ならば奏空も作業に加わりたかったけれど、さすがに宿泊客がいるのを放置するわけにはいかない。その分は今夜の夜番を引き受けることに決めていた。


「ちょっとお風呂入ってくるよ」


「ええ。渚珠ちゃんもはやく着替えた方がいいわよ」


「うん~、そうする」


 スカートの裾を絞ればいくらでも水がしたたり落ちそうだ。


「今日は、部屋で休んでいいからね」


「えぇ? でもぉ」


 客室が稼働しているときは交代でというのはこれまでみんなで決めたルールだから。


「はいはい。駄々こねない。昨日も今日も頑張ったんだから、少しは休まないと」


 なんだかよく分からない理由を付けられて、奏空に見送られる。


 とにかくこのビショビショの服と靴をどうにかしなければならないと思えば、部屋に戻るしか選択肢はなかったのだけれど。


 常夜灯が点いている室内に戻り、まずは制服を脱いでいたときだった。ドアにノックの音がする。


「はぁい。開けていいよぉ」


 きっと先にシャワーを浴びた弥咲が知らせに来てくれたのだろうと思った。


「渚珠……入るよ?」


「ふえぇ?」


 その声は予想していた弥咲の声ではなかった。


「桃ちゃん、どうやってここに? 入ってこられないはずだよぉ?」


「その前に、その姿を何とかしなさい」


 突然のことにぽかんとしている渚珠に、彼女は大きなバスタオルを渡した。


「ほ、ほえぇ。ありがとぉ」


 下着姿にタオルを巻き付ける。これはこれで問題がありそうな状態だが。


「昨日からね、凪紗さんから呼ばれてたんだ。予定より遅くなっちゃったけど」


「そ、そうなんだぁ……」


 どうりで、奏空が自分の部屋に戻るように促していた理由が読めた。


 桃香が一行に混じっていたのは知っていても、他の生徒たちの前で安心して話ができる状態ではないと感じたメンバーは、他には内緒でこの住居棟に招き入れてくれたのだと。


 桃香に部屋で待っていてもらい、その間に急いで熱いシャワーを浴びて部屋着に着替えて戻ってきた。


「おまたせ」


「あんなことがあった直後に押しかけるのも悪いと思ったんだけど、今夜しかないって皆さんが……ね」


「そっか。明日お礼しておくよ」


 窓から客室棟の方を見ると、ほとんどの明かりは消されていた。


「歴史の教科書に書いてあったとおりじゃん。数人のスタッフで最後はフル活動できたって。ウソだと思ってたけど、本当だったし?」


「正確に言えばあと一人揃ってないけど、何とか見つけたいって思ってる」


 数か月前に騒ぎとなった、伝説の大先輩たちの発見の知らせはアルテミスでも流れたはずだ。


「さっきのを実際に見ちゃったら、あの教科書とかニュースは本当だった。それだけの実力と運を持った人じゃないとには来られないってことがよく分かった。渚珠もその仲間入りをしていたってことだよね……」


 訓練だけではない。当時の報道でも流れたように、渚珠たちは伝説のメンバーの意志を世代を超えて受け継ぐ資格を得た者たちだ。


 伝説の上に新しい歴史を作ろうとしている彼女たちにしてみれば、桃香の父親と話をしているときに「エンジンを5時間で載せ替えるだって?!」という驚きの言葉も当然のようにこなしてしまう実力を持っていることなのだと。


 それを目の当たりにしてきた桃香は、自分の現在の進路すら大きく揺さぶられていた。


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