第30話 誰も敵わないよあんなの…




「まったく、何がどうなってるの?」


 桃香はイライラしながら船の出航を待っていた。


 1日の観光も済ませ、夕方には帰る予定だったのに、引率の教師から言われたのは、夕食を済ませてからに変更になったとのこと。


 昨夜の食事が奏空の力作だけあって、楽しみにしていた生徒たちからは残念がる声も上がったけれど、少しずつ状況が分かってきた中での結論は、『ALICEポートで何かが起きた』ということだった。


 今朝、桃香たちが最初に乗ってきたのは、チャーター船ではなく一般の乗り合いだったけれど、その船が全てALICEポートを避ける形で運行されるという案内。それどころか周辺は立ち入り禁止区域に指定されたとなれば、あまりいい事態とは考えにくい。


「渚珠……」


 桃香のイライラは、帰れなくて足止めされていることにではなく、そのまっただ中にいるはずの親友の安否についての方が主な原因になっていた。


 予定よりも3時間遅れ。陽もすっかり落ちた雨の中、ようやく臨時のチャーター船は第4ハブポートを出航した。


 聞き耳を立てていたなかでの情報によれば、立ち入り禁止は解除されていないものの、今なら安全に室内に誘導できるとのこと。


 おまけに夕立の雨が今後強くなるとの予報から、かなり難しい中での判断を迫られていたようだ。


「うわ……、なにあれ??」


 誰からともなく声が上がる。


「星間船でね?」

「だよな」


 それは専門知識がなくても誰でも分かる。やはり宇宙空間を航行する船というのは明らかに大きい。


 ただ、そんな船がALICEポートに停泊しており、船体にライトが煌々と照らされているのを見れば異常時と考えるのが普通だ。こんな夜間訓練があるとも聞いていない。


「お帰りなさいませ。本日は申し訳ありませんでした」


 桟橋に到着すると、傘を持った奏空が出迎えをしてくれていた。


「何があったんですか?」


「はい。ご覧の通り、故障船の緊急着水がありまして、その準備のためにご不便を取らせてしまい申し訳ありませんでした」


 全員に傘を渡し終わると、奏空は宿泊棟の方へ一行を案内した。


「あれすげぇ……」

「うん……」


 男子たちの言葉に思わず頷く桃香。自分の父親はアルテミスで船体検査などを担当している。そんなことから、今回のことの重大さは他のメンバーよりも分かっていた。


「あと2時間ほどで作業は完了する予定ですから、みなさんがお休みの時間には静かになります」


 奏空の説明を聞きながら考える。


「そんな……、いくら丸ごと交換って簡単に言うけど、普通は軽く一晩はかかるのよ?」


 父親の言葉を思い出す。ここには凄腕のメカニックがいるのだと。


 星間連絡船のエンジンを丸ごと数時間で載せ替え再び出せるなどとは聞いたこともない。


 各自解散となった後も、桃香は再び建物の外に出て現場に目を向けた。


「あっ……、おい! あれって……」


 その時に一行が気がついたのは、船体の機器室から出てきた一人の少女の姿。


「渚珠、風邪引くよ……」


 きっとこの夕立に対処する間もなく全員が作業に取りかかっているのだろう。


 強い雨の中レインコートも着ずに、濡れるに任せたまま黙々と作業をしている渚珠が桃香の目に焼き付いた。


 ホログラムウィンドウを身の回りに同時に立ち上げ、いくつもの作業をこなしている姿は、これまで桃香が知っている「隣の家の同級生」というレベルの渚珠ではない。


「あんなの敵わないなぁ……」


 昨日と同じく、薄明かりにされた食堂で、桃香はその現場を見守り続けることしかできなかった。


 そして、奏空の案内があったとおり、予定の2時間を待たずに作業は完了し、船は再び旅立っていった。

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