第9話 200年後にまた会いましょう




 月日が流れた。


 あの日から10年。


 地球は「アクアリア」と名前を変え、観光星としての再出発を切ることとなった。


 この年月の間、月は「アルテミス」に、火星は「マールス」とそれぞれ呼び名を変えた。


 アクアリアでは海底都市を中心に再び再生を遂げ、各地からの観光客を受け入れ始める計画が発表された。


 そんな中、ALICEポートは、たった一つだけその当初から使用できた宇宙港だった。


 しかし、すぐに各海底都市の直上に海上式のポートが次々に建設されてきたため、高齢になっていた朱里たちの出番は少しずつ減り、平穏な日々を送っていた。


「朱里さん……あなたを最後にして……ごめんなさい」


 冬の日、ベッドの上で心海は朱里に詫びた。


「よく、頑張ってくれたよ……。ありがとう……」


 仲間たちは病や老いによって数を減らしていた。残ったのは二人。それもまもなく一人になってしまうこと。そして、朱里にも近くその日が来ることを予感していた。


「お空の上で、みんなが待っているよ」


「そうね……。朱里さん……、すぐに会えるよね」


「ええ。でも、最後の仕事を終えるまでは頑張るから」


「お願い……。きっと未来に……、みんなでここに……また集まりましょう……」


「えぇ、ほんの少しのお別れです」


「朱里さん……、あなたに出会えて……よかった……」


「うん……」


 見送るときは必ず笑顔でと決めていた朱里も、この時は涙を隠せなかった。


 一人、心海を弔った朱里は、メンバーとの約束を果たすために残りの時間を使った。


 彼女が書き遺しているもの。このALICEポートの未来だ。


 これは時間があるときに、皆で出しあったものだ。


『200年後、ここには私たちの心を継いだ者が必ず集まる。その時に向けて、ここを再建すること』


 集まるメンバー、役割、新しいALICEポートの姿など、将来を予想した未来設計図。


 そして、その改築費用は五人がこれまで貯めてきた物で十分に実現可能なレベルになっていた。


「みんなで、また楽しい時間を過ごしたい」


 朱里はひたすら打ち込みを続けた。


 冬が過ぎ、春の日差しが差し込んでくる頃、ついに朱里にもその時がきた。


 足を引きずりながら、その地下室に入る。数日分の食料と小型の端末を抱えている。


 小さな部屋には五つの棺が安置されている。五つ目の最後の一つにはまだ蓋がされていない。


「みんな、お待たせ……。出来たよ……」


 天井の窓から、明るい光が差し込んでくる。


 彼女は最後の文章を打ち込んだ。


 そして、自分に取り付けられている生体モニターと端末を接続する。


 彼女が息を引き取ったとき、既に保存されているあの文章は、島の所有者の遺言として登録される。朱里は確実にそれが行われるよう、各局のデータベースにロックをかけていた。


 もう体が動かない。でも、なんとか間に合った……。


「中央コントロール室、応答ください」


『こちらコントロール室。ALICEポートどうぞ』


「これより、長期休業のため、申請どおりサインオフとなります。お許しください」


『了解。再開の時はまたお声かけください。お疲れさまでした』


「ありがとう」


 朱里は手元の端末からほぼ全ての機能を落とした。最後まで残したのは、この部屋の空調、彼女の端末と生体モニター、データを送る通信回線。


 停電用のバッテリーに残る約半日が過ぎれば、これらも眠りにつく。


「もう、大丈夫……」


 静かに自分の場所に横たわる。この蓋を閉めるものはいない。


「みんな……、おまたせ……」


 窓からの光がきれいな夕焼けを知らせる中、朱里は満足そうに目を閉じた。


 この瞬間ときから、世代を超えた伝説を語り継ぐ物語が始まった。


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