第10話 仕事始めはゆっくりと




「うにゅ~~」


 目覚ましの音で目を開けると、昨日自分でセットしておいた朝5時半。


「おはよぉ。はれぇ……」


 まだ寝ぼけているのか、周囲の状況が先日までと違うことが何故なのか思い出すのにしばらく時間がかかる。


「あ、そっかぁ……」


 たっぷり10秒はかかってようやく頭の中が回り始めた。


「準備しなくちゃぁ……」


 まずは部屋を出て共有の洗面所に向かう。居住スペースであれば服装は何でも構わないとのことで、渚珠なみもパジャマのまま洗顔に向かった。


「おはよぉございまぁす~」


 先客は後ろ姿だけを見ただけでも分かった。


「おはようございます。昨日はちゃんと寝られました?」


 長い髪を梳かしながら、奏空そらが笑顔で話しかけてくれた。


「まだちょっと緊張が抜けてないかもしれないけど……、大丈夫かなぁ」


「そっか……。慣れるまではしばらく疲れるかもね。無理しないようにね」


「うん。ありがとぉ。他のみんなは?」


 主に居住サービス系を担当している奏空がこの時間に準備をしていると言うことは、これから朝食の準備なのだろう。主に技術系の凪紗なぎさ弥咲みさきも気になる。


「あの二人なら、今頃散歩しながら点検してるんじゃないかなぁ。いつもの日課だから」


「えぇ~~。こんな早い時間にぃ?」


「うん。もちろんちゃんとした点検の時間ってのもあるんだけど、夜の間に何か変なことがなかったか、大体この時間で散歩しながら見回ってるかなぁ」


 そうなると、今朝一番遅かったのが自分ということになる。


「明日からもっと早起きしなくちゃ……」


「気にすることないよ。みんな勝手に早く起きてるだけだし。正直お客さまもいなければ起床時間もあってないようなものだからね」


「そうなのぉ……?」


 奏空は笑顔で頷いて答えた。


「じゃぁ、15分くらいしたらみんなの朝ご飯を用意するから、お手伝いお願いしてもいい? 今日はお泊まりのお客さまはいないから、自分たちの分だけなの」


「うん。すぐに着替えていくよぉ」


 洗顔を済ませ、急いで部屋に戻ってパジャマを脱ぎ捨てる。


 こういうとき、何を着るか悩まずに済む制服はありがたい。前日にセットしてハンガーも掛けてあったものを身につけ、髪型をいつものようにセットして部屋を飛び出すまで10分ほどで終わった。


「おねがいしますぅ」


 いわゆる厨房室ではなく、普通の家庭にあるキッチンに大型のオーブンなど最低限の業務用機器を置いたくらい。器具なども奏空の趣味で揃えたような家庭的な部屋だった。


「そんなに急がなくても大丈夫。今朝の献立はトーストにゆで卵にハムサラダってところかな。パンを焼いておいてくれる? 一人2枚くらいで、あとは個人で好きにやってもらうから」


 水玉柄のエプロンをした奏空は、サラダ作りに取りかかっているようだ。


「はーい。いつもこんな感じなの?」


 パンをオーブントースターに入れながら渚珠がたずねる。


「そうねぇ。お客さまがいたり、みんなのリクエストがあればもう少し手をかけたりすることもあるかな。パンもドレッシングも一応は自家製だから」


「へぇっ!」


 自分が厚切りに切っているパンも、確かに焼きたてのように暖かい。それにサラダボウルに盛りつけが終わった後、奏空は味をみながらドレッシングを作っているようだ。


「すごぉい。パンの準備とかって大変なんじゃない?」


 アルテミスにいたころは、食料品などは生産工場で機械的に製造されてくる物ばかりだったし、栄養剤などでの『補給』という形の食事をとっている人も少なくなかった。


 それこそ焼きたてのパンなどは食べたくても手に入れること自体が不可能だし、自宅で作ろうにも食糧供給が限定されているコロニーでは自由なものを手に入れるというのはなかなか難しい。


「まー、前の日の寝る前にセットしておけば、下ごしらえまでは機械でやってくれるし。食パンならそのまま焼いてくれちゃう。慣れちゃえば大丈夫だよ。ちょっと前に、朝から生パスタが食べたいとか無茶ぶり言われたけどね。起きて作ったけど……」


「ほえぇ~」


 しかし、奏空が元気なときはいいとして、彼女も生身の人間だ。調子が悪かったり、外出したときはどうするのだろう。


 そんな渚珠の考えが分かったのか、奏空は笑って教えてくれた。


「大丈夫だよ。念の為のレトルト食品とか、保存食料品はちゃんと準備してあるから。お湯を沸かすくらいはみんなできるから、飢え死にはしないわよ」


「そっかぁ。わたしもお料理教えてもらおー」


 程なくあとの二人も入ってきて、賑やかな朝食になった。


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